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2019年6月13日 (木)

言葉の移りゆき(418)

元号はフィーバーの対象か


 元号については、やっぱり新聞や放送などが煽り立てているという印象が強いのですが、こんな文章もありました。


 元号「令和」が発表された翌日の4月2日、地元の運転免許センターで免許証の更新手続きをした。免許証の有効期限は「令和6年」ではなく「平成36年」。ちょっと拍子抜けした。
 同じことを考えていたのだろう。周囲の人も免許証を見て苦笑いしたり、窓口の職員に問い合わせたり。今月5日以降に手続きをした人から記載が令和に切り替わっているという。
 免許証は正当な理由なく再交付できないが、記載が平成のままの人からは再交付を求める問い合わせもあり、令和フィーバーはまだしばらく続きそうだ。
 (読売新聞・大阪本社発行、2019年5月14日・夕刊、3版、8ページ、「キーボード」、長野祐気)

 拍子抜けでもありますまい。元号「令和」が発表された翌日の4月2日に、免許証の有効期限が「令和6年」と書かれるはずはありません。ものごとには準備期間が必要です。3月下旬に免許証の更新手続きをした人は、そんなことは考えもしなかったことでしょう。
 元号のことになると、どうして、そんなに神経質になるのでしょうか。いや、実際はそんなに神経質になっていなくても、そんなふうに書いてみたくなっただけでしょう。
 そして、こんな些細な、何の問題もないような事柄を取り上げて、「令和フィーバー」などという言葉を使うのでしょうか。
 フィーバーとは、熱狂的で過熱状態にあることです。免許証を見て苦笑いしたり、窓口の職員に問い合わせたりする程度のことが、フィーバーであるはずがありません。大袈裟な言葉を使い、人々を駆り立てるような行動をしているのは新聞や放送に携わる人であるということに気づかないのでしょうか。
 「平成最後の…」と書き立てたものを何年か後に改めて読んでみてください。「令和」のことを熱狂的に書いたものを何年か後に改めて読んでみてください。書いた本人も、馬鹿らしく感じるに違いありません。

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