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2019年6月26日 (水)

言葉の移りゆき(431)

「食べ歩き」と「歩き食べ」


 食べ物を口にしながら歩き回ることは、マナーとしてよくないと思っていたのは昔のことになってしまったのでしょうか。観光地ではものを食べながら歩いている人が多くいます。
 鎌倉市が施行した「公共の場所におけるマナーの向上に関する条例」に関連して、「食べ歩き」という言葉が取り上げられた記事を見ました。


 見た限り、紙の辞書の「食べ歩き」に「歩きながら食べる」の説明はありません。文法の解説書を見ると、日本語の複合語は「後の方が主となるなることが多い」とあります。例えば「花見」。花を「見る」ことが主だから後にあります。この原則からすると「歩きながら食べる」は「歩き食べ」あたりが妥当でしょうが、辞書には見当たりません。
 NHK放送文化研究所のサイトには、「歩きながら食べる」の意味の「食べ歩き」は避けた方がよい、とあります。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年5月25日・朝刊、13版S、11ページ、「ことばサプリ」、坂井則之)

 この記事で述べられていることには賛成です。ただし、「花見」の例は、「食べ歩き」の説明には不適当です。「食べる」と「歩く」という2つの動詞の軽重が問題なのですから、「花を見る」という言葉の仕組みとは別のことなのです。「仰ぎ見る」「立ち見る」などの例を使う方がよいでしょう。
 さて、もともとの「食べ歩き」という言葉は、「歩く」ことに重点が置かれていたように思います。京都の町を「見歩く」というような表現のひとつとして、「食べ歩く」という言葉も使われるようになったのではないでしょうか。その場合、「食べ歩く」は、時には店に入って食べたりしながら、町を見歩くことを表していたと思います。「歩く」ことに重点が置かれ、時々は「食べる」こともするという意味だったでしょう。町の中を食べ物を食べながら歩くことではなかったと思います。
 「歩きながら食べる」という意味での「食べ歩き」はおかしいと思います。それは「歩き食べ」という表現がふさわしいと思います。
 2つの動詞をつないだ言葉ではありませんが、「歩きスマホ」という言葉が使われています。歩きながらスマホを操作することです。操作する本人からにすれば、歩こうと止まろうとスマホを操作することが重要です。「スマホ」の方が中心です。その行為を、周りの人から見れば、スマホを歩きながら操作されることが困るのです。「歩き」に問題があるのです。
 「花見」も「歩きスマホ」も、一語に熟していて、「花」と「見る」の間にも、「歩き」と「スマホ」の間にも、主・従の関係はないと見るべきでしょう。

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