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2019年6月14日 (金)

言葉の移りゆき(419)

「大阪弁、言葉で人を触りにくる」に同感!


 言葉は、論理的に述べれば心に響くというわけではありません。整った表現をすれば賛同の気持ちを得られるわけでもありません。
 とりわけ、日常の言葉、つまり話し言葉に近いようなものは、人の心と心をつなぐ働きを考えることが大切です。
 次の文章はコラムの全文引用です。文章の末尾が「大阪弁、言葉で人を触りにくる。」と締めくくられています。まったく同感です。


 「かみます」  動物園の立て札
 大阪圏の動物園では猛獣の檻の前にこんな立て札があるそうだ。そういえば大阪府警の痴漢防止ポスターは「チカンアカン」。いずれもとにかくストレート。ただ、「おっちゃん、いてるか」と訊かれたら「いてる、いてる」と語を重ねる。「一回だけではあいそがないという気持ちが働く」からだと、日本語学者の尾上圭介は『大阪ことば学』で言う。大阪弁、言葉で人を触りにくる。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年5月9日・朝刊、14版、1ページ、「折々のことば」、鷲田清一)

 関西のあちこちで見られる「捨てたらアカン」というのは、空き缶などを道端などに捨てることを防止する看板です。山形県酒田市の公園で、同じ言葉を書いたものを見かけたときは嬉しくなりました。
 缶のことは、関西では「カンカン」と言うことも多いのですが、これも「一回だけではあいそがない」ということと関係があるのかもしれません。
 「言葉で人を触りにくる」という表現にびっくりし、同感しました。人の心の奥底までを貫くことをせず、「触る」ほどのことをして、大きな効果を上げる言葉の働きにこそ、その力強さを感じます。

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