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2019年7月11日 (木)

ふるさと江井ヶ島(12)

じしん【地震】


 筆者は第2次世界大戦中に生まれて、それ以来、ずっと同じところに住んでいる。当然のことであるが、1946年(昭和21年)12月21日に起きた昭和南海地震はかすかな記憶が残っている。けれども、地震だ!と言って家族みんなが驚いたというような程度であって、恐い思いをした記憶はない。戦後に鳥取で地震があったとか、福井で地震があったとかも聞いたが、わがことのようには思っていなかった。
 子どもの頃の、自宅近くの海岸は、まったく無防備な状態であったと言ってもよい。浸食は進んでいたが、道路のすぐそばまで砂浜があった。海岸にゴミが捨てられたり、海岸でゴミを燃やしたりしていたから、きれいな海岸とは言えなかったが、魚釣りも海水浴もした。裸で家を飛び出して、すぐ海に飛び込めた。
 台風の後、自宅近くの海岸のコンクリート道路がみごとに破壊されてしまっていた風景は目に焼きついている。荒波は遠慮なく海岸に襲いかかっていたように思う。
 和歌山で大水害があったときは、海岸に材木類が流れ着いてきて、大人たちが海岸に上げていたことがあった。調べてみると、1953年(昭和28年)7月のことのようである。
 要するに、幼かった頃に恐いと思っていたのは台風や暴風雨であって、地震ではなかったのである。

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