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2019年7月 6日 (土)

ふるさと江井ヶ島(7)

きゅうしょく【給食】


 筆者にとって給食の思い出はいっぱいあるが、1年生のときから給食が始まっていたのかどうか、記憶はあいまいである。
 江井島小学校は、昭和24年の10月に学校給食指定校となり、11月に給食物資保管倉庫が完成し、12月から学校給食の充実が図られたようであるが、その内容は、いも汁、シチュー、みそ汁、肉汁、ミルクとなっていて簡素な感じがする。
 メニューはしだいに変化していったはずであるが、思い出したことがある。ある時期までは、ご飯を家から持っていって、おかずだけが給食であったという記憶がある。それがどのぐらいの期間続いたのか、記憶は薄らいでいる。また、コッペパンが給食に出ていた時期もある。たぶん、卒業するまではコッペパンが続いたのだろうと思う。パンは貴重品であるから、欠席した者には、近くの友達が自宅にパンを届けることをした。
 給食用の食器は、円くて背丈のある金属製のもので、ふた、おかず入れ、ご飯入れの3つを組み合わせたものだった。毎日、持っていって、持ち帰った。
 戦後の学校給食について語られるとき、脱脂粉乳をはじめとして、食べる気持ちが起こらないものが多かったという話がよく出てくる。けれども、学校給食がまずくて食べられなかったという記憶はなく、むしろ給食は楽しみであった。シチューというものを初めて食べたのは給食であった。脱脂粉乳が混じっていたかどうか知らないが、あの味と香りは好まれていた。
 あの給食を誰が作っていたのか、ということになると、しだいに専任の人になったと思うが、江井島小学校では、一時期、保護者が調理の当番をしていた。学校で母に出会って、今日は給食の当番で来ている日なんだと思ったことがあった。

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