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2019年8月14日 (水)

言葉の移りゆき(451)

中学生でもわかる間違い -校閲の機能不全-


 「公立的に運用する」とか「緊密に強調する」とかの表現は、ありえません。そんなことは中学生でもわかることです。そんな基礎的な間違いをして、記事を訂正するというのは大新聞として屈辱的なことであるということが認識できているのでしょうか。
こんな訂正記事が、同じ日に2つ並びました。同じ日の記事についての訂正です。


 ▼9日付総合3面「ルポ現在地2019参院選③公文書」の記事で、公文書管理法第1条の文書管理の目的を説明したくだりに「行政が適正かつ公立的に運営されるようにする」とあるのは、「行政が適正かつ効率的に運営されるようにする」の誤りでした。
 ▼9日付総合4面「韓国大統領、対抗措置示唆」の記事で、韓国外交省の関係者が記者団に説明したくだりで、国際社会と緊密に「強調し」とあるのは「協調し」の誤りでした。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年7月10日・朝刊、14版、30ページ、「訂正して、おわびします」)

 記事を書いた人は、「効率的に運用する」や「緊密に協調する」という表現をしようとしていたと理解できます。パソコンの変換ミスでしょう。ここまでは、よくあることであると思います。
 記事を書いた人は、当然、文章の点検をしたでしょう。その際にこの単純ミスを見落としてしまったのでしょう。よくないことですが、人間のなすことにはうっかりミスもありますから、こういうこともあるのでしょう。
 問題はその次です。新聞社として情けないことをしでかしたのです。新聞社には校閲部門がありますが、この人たちが機能をまったく果たしていないのです。これは新聞社として致命的なことです。
 私は、校閲のミスのことをこれまでも指摘してきました。校閲部門の高い位置にある人が書いた文章が、私の指摘で書き直されたことがありました。この連載を読み返していただけば、それがどのようなものであったかは理解できるでしょう。
 新聞社によって校閲部門の質は異なっているようです。毎日新聞社の校閲部門の質の高さについて、かつて述べたことがあります。朝日新聞社の校閲部門は、記事内容に間違いがないかどうかを調べることはおろか、ありふれた表現の間違いすら指摘できない状態を露呈してしまったと思います。
 中学生にもわかるような誤りを見過ごしてしまう校閲部門の非力さを徹底的に反省し、校閲部門を建て直さなければなりません。NIEなどということを声高に宣伝する資格はないと思います。

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