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2019年8月 5日 (月)

言葉の移りゆき(442)

中味を表さない名前


 コンビニなどのレシートを見て、何を買ったのか確認しようとして、「ホッカイドウコンブノダシノ」などという言葉で途切れて、金額が印字されていることがあります。北海道産の昆布でダシをとったラーメンのことかと、気づくまでにしばらくの時間が必要なことがあります。
 修飾語が長くて、肝心な品名が隠されてしまっているのです。例えば、チョコレートという名前の前に、いろんな言葉が書かれていて、それを忠実に入力すると、こんなことになってしまうのです。店の側からすると、いろいろなチョコレートを売っていますから、それを区別する必要があるのでしょうか。
 こんな文章を読みました。


 食べ物の名前が長くなったなあ。
 と、コンビニの棚の前で思う。「なんとかにこだわった」「どこそこ産の」「なにダシ仕立ての」「一日分の野菜が取れる」「まるごと」「もちもち」「行列ができる」。多種多様な(と言いつつパターン化した)修飾語が、複数組み合わさってラベルに並んでいる。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年10月15日・夕刊、3版、5ページ、「季節の地図」、柴崎友香)

 消費者の側からすると、「どこそこ産の」というのは必要な情報かもしれません。「一日分の野菜が取れる」とか「なにダシ仕立ての」とかも、役に立つことかもしれません。けれども、「なんとかにこだわった」というのは生産者の勝手な姿勢が述べられているだけであったり、「行列ができる」と言われても信じられない気持ちになることがあります。「まるごと」「もちもち」などは、使い古された言葉が並んでいるだけの印象でしょう。
 商品名が、商品名にとどまらず、宣伝文句と化しているのです。短く、気のきいた言葉で名付けるのではなく、だらだらした言葉を付けられると、いらだちすら覚えます。
 こういう名前の商品を見ると、これまでとは違った商品だから買い求めようと思う気持ちと、わけがわからないもののように見えるから敬遠しようと思う気持ちとで、揺らぐことがあります。名前を付ける側も、そのあたりの心理を勉強すべきであると思われます。短い方がよいのは、スピーチだけのことではありません。

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