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2019年8月 3日 (土)

言葉の移りゆき(440)

「バウムクーヘン」と「神戸」


 神戸は洋菓子の町です。バウムクーヘンも神戸の名物です。けれども、これから述べるのはお菓子の話ではありません。こんな文章を読みました。


 空港の売店で見かけた看板です。〈ひとくちバーム〉。自然すぎて、担当編集者も、どこが注目点なのかピンとこない様子でした。
 「バーム」は略語ですね。ドイツ語に近い発音では「バウムクーヘン」。バウムは木、クーヘンは菓子です。木の年輪のように層になった菓子なので、この名があります。
 これを日本語では「バームクーヘン」とも言います。略して「バーム」。日本語での言い方であり、誤りではありませんが、元のドイツ語からは距離が生じています。
 「ハウス」は「ハース」と言わないのに、「バウム」が「バーム」になるのは不思議です。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年6月1日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 外来語は、原語の発音を無視するわけにはいきませんが、日本語のカタカナ書きをする場合にはかなり鷹揚になっていると思います。そんなことがあるから「マシーン」と「ミシン」の意味するものが異なったものを指すことにもなるのです。
 〈ドイツ語に近い発音では「バウムクーヘン」〉というのは、原語を知っている人の意見であり、たいていの人は。原語でどういう発音であるのかということなどには拘泥しないで使っているはずです。
 日本語としての原則を作るなら話は別です。「神戸」は「コウベ」という仮名書きになるから、「バウムクーヘン」も「バウム……」と書くというような原則です。後の部分も「……クウヘン」と書くというような原則です。もともと日本語には長音(ー)の表記はしない習慣がありましたから、「ウイスキイ」とか「ビイル」と書けばよいのです。
 「東京」は「トウキョウ」と書いて、実際の発音は「トーキョー」です。大阪は「オオサカ」と書いて、発音は「オーサカ」です。神戸は「コウベ」と書いて、発音は「コーベ」です。ドイツ語の発音を問題にするよりも、日本語の表記の原則に従うのが良いでしょう。
 けれども、現実の問題としては、私は、細かい原則を作る必要はないと思います。「バウムクウヘン」でも「バームクーヘン」でも良いと思います。それなりの時間を経て、どちらかの表記に落ち着いていくでしょう。「ハウス」を「ハース」と書いた時代もあったかもしれません。〈「ハウス」は「ハース」と言わないのに、「バウム」が「バーム」になるのは不思議〉というのは了見が狭すぎるのではないでしょうか。
 国語辞典にはたくさんの見出し語を並べるわけにはいきません。「バウムクーヘン」を見出し語にしたからといって、「バームクーヘン」という言葉は存在しないなどと言う人は現れないでしょう。
 そんなことよりも、この文章に添えられている「ひとくちバーム」という言葉の方がわかりにくいと思います。「バウムクーヘン」を短く「バーム」と言い、それに「ひとくち」を付けた言葉、「ひとくちバーム」はどんな菓子なのか、即座に理解できる人は少ないのではないでしょうか。

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