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2019年11月30日 (土)

【掲載記事の一覧】

 『明石日常生活語辞典』を武蔵野書院から刊行して3か月が過ぎました。大学図書館や公立図書館の蔵書として購入していただいているのを嬉しく思います。大学は現在のところ、金沢大学、甲南大学、神戸学院大学、関西学院大学、大手前大学、学習院大学、東洋大学(2館)、鶴見大学、東北福祉大学、跡見学園女子大学の図書館の蔵書となっていることを確認しています。少しずつ増えていってほしいと願っています。公立図書館は、兵庫県立、明石市立(2館)、神戸市立、姫路市立、小野市立、高砂市立、東京都立などですが、兵庫県内に偏っています。もちろん、この他に個人や団体でも買っていただいております。買ったという連絡を受けた方は旧知の方に限られますから、その他の方々については確認できない状況です。
 さて、ブログの現在までの掲載記事数は6000本を超えました。アクセス数も64万回を超えました。前にも書きましたが、平均すると、ひとつの記事を100人以上の方に見ていただいているという計算になります。
ブログ版の「明石日常生活語辞典」は2605回に達しましたが、消去せずにそのまま残しておくことにします。
 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 お気づきのことなどは、下記あてにメールでお願いします。
    gaact108@actv.zaq.ne.jp
 これまでにブログに連載した記事を、内容ごとに分類して、一覧を記します。掲載日をもとにして検索してください。

 

【兵庫県明石市などの方言に関する記事】

 

◆明石日常生活語辞典・追記 (1)~(80)~継続中
    [2019年9月9日 ~ 2019年11月27日]

 

◆明石日常生活語辞典の刊行について (1)~(8)
    [2019年9月1日 ~ 2019年9月8日]

 

◆「入口」はどこまで続くか (1)~(3)
    [2019年11月28日 ~ 2019年11月30日]

 

◆【明石方言】 明石日常生活語辞典 (1)~(2605)
    [2009年7月8日 ~ 2017年12月29日]

 

◆『明石日常生活語辞典』写真版 (1)~(4)
    [2010年9月10日 ~ 2011年9月13日]

 

◆じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-
                        (1)~(9)
    [2017年12月30日 ~ 2018年1月7日]

 

◆私の鉄道方言辞典 (1)~(17)
    [2007年9月13日 ~ 2007年9月29日]

 

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日 ~ 2007年8月20日]

 

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
    [2006年10月12日 ~ 2006年10月15日]

 

◆姫路ことばの今昔 (1)~(12)
    [2007年9月1日 ~ 2007年9月12日]

 

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42)
    [2007年2月1日 ~ 2007年5月7日]

 

 

【日本語に関する記事】

 

◆言葉の移りゆき (1)~(468)
    [2018年4月18日 ~ 2019年8月31日]

 

◆日本語への信頼 (1)~(261)
    [2015年6月9日 ~ 2016年7月8日]

 

◆言葉カメラ (1)~(385)
    [2007年1月5日 ~ 2010年3月10日]

 

◆新・言葉カメラ (1)~(18)
    [2013年10月1日 ~ 2013年10月31日]

 

◆ところ変われば (1)~(4)
    [2017年3月1日 ~ 2017年5月4日]

 

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(29)
    [2007年1月1日 ~ 2009年6月4日]

 

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日 ~ 2007年7月7日]

 

◆文章の作成法 (1)~(7)
    [2012年7月2日 ~ 2012年7月8日]

 

◆自分を表現する文章を書くために (1)~(11)
    [2007年10月20日 ~ 2007年10月30日]

 

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)
   [2006年12月23日 ~ 2006年12月26日]

 

◆地名のウフフ (1)~(4)
    [2012年1月1日 ~ 2012年1月4日]

 

 

【郷土(明石市の江井ヶ島)に関する記事】

 

◆名寸隅の船瀬があったところ (1)~(5)
    [2016年1月10日 ~ 2016年1月14日]

 

◆名寸隅の記 (1)~(138)
    [2012年9月20日 ~ 2013年9月5日]

 

◆朔日・名寸隅 (1)~(19)
    [2009年12月1日 ~ 2011年6月1日]

 

◆江井ヶ島と魚住の桜 (1)~(6)
    [2014年4月7日 ~ 2014年4月12日]

 

◆西島物語 (1)~(8)
    [2008年1月11日 ~ 2008年1月18日]

 

◆名寸隅舟人日記 (1)~(16)
    [2016年1月1日 ~ 2016年4月2日]

 

◆屏風ヶ浦の四季 [2007年8月31日]

 

 

【『おくのほそ道』に関する記事】

 

◆『おくのほそ道の旅』【集約版】 (1)~(16)
    [2018年3月18日 ~ 2018年4月2日]

 

◆『おくのほそ道』ドレミファそら日記【集約版】 (1)~(15)
    [2018年4月3日 ~ 2018年4月17日]

 

◆奥の細道を読む・歩く (1)~(292)
    [2016年9月1日 ~ 2018年3月17日]

 

 

【江戸時代の五街道に関する記事】

 

◆中山道をたどる (1)~(424)
    [2013年11月1日 ~ 2015年3月31日]

 

◆日光道中ひとり旅 (1)~(58)
    [2015年4月1日 ~ 2015年6月23日]

 

◆奥州道中10次 (1)~(35)
    [2015年10月12日 ~ 2015年11月21日]

 

 

【ウオーキングに関する記事】

 

◆放射状に歩く (1)~(139)
[2013年4月13日 ~ 2014年5月9日]

 

◆新西国霊場を訪ねる (1)~(21)
[2014年5月10日 ~ 2014年5月30日]

 

◆ことことてくてく (1)~(26)
    [2012年4月3日 ~ 2012年5月3日]

 

◆テクのろヂイ (1)~(40)
    [2009年1月11日 ~ 2009年6月30日]

 

 

【国語教育に関する記事】

 

◆国語教育を素朴に語る (1)~(51)
    [2006年8月29日 ~ 2007年12月12日]

 

◆改稿「国語教育を素朴に語る」 (0)~(102)
    [2008年2月25日 ~ 2008年7月20日]

 

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日 ~ 2006年10月4日]

 

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日 ~ 2007年8月10日]

 

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日 ~ 2006年12月7日]

 

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日 ~ 2006年12月22日]

 

 

【教員養成に関する記事】

 

◆教職課程での試み (1)~(24)
    [2008年9月1日 ~ 2008年9月24日]

 

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日 ~ 2006年10月11日]

 

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日 ~ 2006年11月2日]

 

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日 ~ 2007年6月6日]

 

 

【花に関する記事】

 

◆写真特集・薔薇 (1)~(31)
    [2009年5月18日 ~ 2009年6月22日]

 

◆写真特集・さくら (1)~(71)
    [2007年4月7日 ~ 2009年5月8日]

 

◆写真特集・うめ (1)~(42)
    [2008年2月11日 ~ 2009年3月16日]

 

◆写真特集・きく (1)~(5)
    [2007年11月27日 ~ 2008年11月13日]

 

◆写真特集・紅葉黄葉 (1)~(19)
    [2007年12月1日 ~ 2008年12月15日]

 

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)
    [2007年5月8日 ~ 2007年6月30日]

 

 

【鉄道に関する記事】

 

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)
    [2007年7月8日 ~ 2007年7月31日]

 

 

【その他、いろいろ】

 

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)
    [2006年12月27日 ~ 2006年12月31日]

 

◆百載一遇 (1)~(6)
    [2014年1月1日 ~ 2014年1月30日]

 

◆茜の空 (1)~(27)
    [2012年7月4日 ~ 2013年8月28日]

 

◆消えたもの惜別 (1)~(10)
    [2009年9月1日 ~ 2009年9月10日]

 

◆母なる言葉 (1)~(10)
    [2008年1月1日 ~ 2008年1月10日]

 

◆足下の観光案内 (1)~(12)
    [2008年11月14日 ~ 2008年11月25日]

 

◆昔むかしの物語 [2007年4月18日]

 

◆小さなニュース [2008年2月28日]

 

◆辰の絵馬    [2012年1月1日]

 

◆しょんがつ ゆうたら ええもんや (1)~(13)
    [2009年1月1日 ~ 2010年1月3日]

 

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日 ~ 2007年8月27日]

 

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日 ~ 2007年8月30日]

 

◆失って考えること (1)~(6)
    [2012年9月14日 ~ 2012年9月19日]

 

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「入口」はどこまで続くか (3)

文字に書かれた言葉の地域差③


 大阪の人は〈いらち〉ですから、地名も短くして言うのだという説があります。天神橋筋商店街を歩くと、1丁目、2丁目という言い方を短くした「天一」「天二」という書き方が目につきますし、その中でも「天六」というのは代表的な呼び名です。別の場所で言うと、近鉄ターミナルの上本町6丁目は「上六」です。谷町9丁目は「谷九」、日本橋1丁目は「日本一(にっぽんいち)」です。
 天神橋筋商店街で面白いのは、〇〇食堂、〇〇米穀店、クラブ〇〇とかの名に「天一」から「天八」までの文字が使われていることです。〇〇ランチのように、メニューの名前までに使われています。
 神戸市内にも似たような呼び方をするところがあって、兵庫区上沢通1丁目にある公園は「上一公園」です。探せば、もっと他にもあるでしょう。
 ところが、東京でも同様なものを目にしました。テントに大きく「入三青年部」と書いてあるのを見ましたが、そこは中央区入船3丁目でした。関西より進んでいるのは、公的な機関にもこのやり方が行われていることです。東京タワーの近くの東京都港区には芝、芝大門、芝公園などの地名がありますが、このあたりには「芝一郵便局」「港芝四郵便局」などがあります。丁目の数字と直結させた局名は、関西では見かけないようです。
 別の話題に移ります。「阪神野田」と「野田阪神」とは別物です。同様に「京阪三条」と「三条京阪」とは別物です。これは関西での面白い使い方です。
「阪神野田」というのは阪神電鉄の野田駅のことです。野田駅はJR大阪環状線にもあります。大阪メトロの千日前線の終点は、野田ですが、JR野田駅ではなく阪神電鉄野田駅に接続しています。この駅名を単に「野田」とすると乗客の間違いも生じます。そこで付けたのが「野田阪神」という駅名です。阪神電鉄に接続する野田駅という意味です。
 同様に、「京阪三条」とは京阪電鉄三条駅であり、「三条京阪」とは京都市営地下鉄の東西線が京阪電鉄と接続する駅です。
 洲本市内にある広場に「子供はプール内で遊ばないで下さい」という看板がありました。水の事故を防止するためではありません。関西では営業用駐車場のことを「モータープール」と言うのが広がっています。そして、それを短く「プール」と言っているのです。「モータープール」は、多くの国語辞典が見出し語として取り上げています。明石市内で「バイクプール」というのを見かけたことがあります。そのうちに「自転車プール」というような言葉も現れるのかもしれません。
 とりとめもない話になりました。けれども、私はこんなことに興味を持って、今でもあちらこちらを彷徨しているのです。

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2019年11月29日 (金)

「入口」はどこまで続くか (2)

文字に書かれた言葉の地域差②


前回に書いたようなことによって得た情報は、雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)の2009年(平成21年)10月号から翌年12月号にかけて、「文字に書かれた言葉の地域差」という題で15回にわたって連載しました。毎回、写真を8枚ずつ載せました。〈入口〉の他に、〈山側、海側・浜側〉〈駅下り、駅筋、駅入口、駅前〉〈東詰・西詰など〉〈先発・次発・次々発〉〈国道〉〈モータープール〉〈解除中・休工中〉〈深夜・早朝〉〈交通弱者用押ボタンなど〉〈地名の短縮形〉〈「地名+私鉄名」の組み合わせ〉というような話題を取り上げました。東海道を歩きながら撮った写真は幾つもの項目に及びますから、連載で採り上げたのはその一部に過ぎません。
 それでは、「入口」の表示が関西と首都圏でどう違うのかということについて述べます。
 関西に住む人の感覚では、「明石市役所入口」と聞くと、市役所の入口、すなわち玄関前のような印象を持ちます。それに対して、首都圏では、市役所に近いところにある交差点が「市役所入口」なのです。百メートル以上離れていても、そこが入口なのです。
 例えば神奈川県藤沢市に県立湘南高等学校があります。この学校の近くにある神奈川中央交通のバス停は「湘南高校前」ですが、交差点の名称は「湘南高校入口」です。
 横浜市内に「台町入口」や「舞岡入口」という交差点がありますが、それは台町という地域に近いところ、舞岡という地域に近いところという意味です。横浜市内には「鶴見駅東口入口」や、「滝坂踏切入口」という名前の交差点もあります。
 神奈川県茅ヶ崎市内の、国道1号に「産業道路入口」という交差点があります。この交差点から左右どちらかに行けば産業道路につながっているのかと思いましたが、目の前に「産業道路」という表示が掲げられていて、交差している道路が産業道路そのものでした。交差地点そのものを「入口」と称する珍しい使用例です。
 ついでながら、神奈川県藤沢市に「二ツ谷バス停前」という交差点がありました。関西には、「バス停前」とか「バス停入口」ということを交差点の名称にしようという発想そのものがありません。
 首都圏の「入口」の使い方は、関西での使い方とは明らかに異なりますから、関西人としては違和感を覚えます。
 関西では、「口」という言葉があちこちに使われています。鉄道の駅名では、JR福知山線「篠山口」、JR和歌山線「高野口」、同「吉野口」などというのがあります。鉄道の駅の場合は、篠山市、高野山、吉野山とはかなり離れています。バス停の場合の「〇〇口」は、その集落などから比較的近い位置に設けられています。この「〇〇口」が、首都圏の場合は「〇〇入口」になっているのです。
 さて、首都圏の使い方の「入口」がどの地域まで続き、どの辺りから関西風の「口」になるのかということについては、ずいぶん微妙です。呼称がある地点で、突然のように変化を遂げることなどはありません。「入口」の呼称については、静岡県あたりで「口」が現れ始めますが、愛知・三重県でも「入口」は残り、滋賀県以西で「口」の勢力範囲となるという結果でした。
 国道1号に沿って歩いていて気づいたことがあります。関西では、国道2号のことを、短く「二国」と言うことがあります。静岡県沼津市内に「旧国一通り」というのがあります。国道1号が付け替えられて、もとの通りをこのように呼んでいます。関東では国道1号のことを「国一」と呼ぶことが広く行われているようです。

 その後、中山道、日光道、奥州道、甲州道の順に歩いて、五街道をすべて自分の足で歩き終えました、中山道からは、言葉の探索という目的の他に、ともかく五街道をすべて歩こうという目的に傾斜していきました。
 言葉の写真は撮り続けましたが、先述の連載で採り上げたもの以外は、発表の場もなく、現在は死蔵しているような状態です。
 文字に書かれた言葉の地域差について、「入口」以外の言葉のことを書きます。五街道とは異なる地域のことも書きます。
 明石・神戸に住む人たちは、日常的に「山側」「海側」「浜側」という言葉を使い、看板などにも書かれています。神戸・明石の人たちにとっては、北が「山側」であり、南が「海側」「浜側」です。兵庫県庁内の案内板にも「山側」「海側」と書かれていますし、神戸・元町の大丸百貨店でも各階に同様の表示があります。東西方向に細長い市街地を持つ神戸の町では、日常的な言葉です。看板にも「明石駅山側」とか「浜側」などとあると、即座に位置を了解できます。
 ところが、大阪市内では「山側」は使いにくくなります。山側が北の方向を指すのか東を指すのかが曖昧になります。また、関東平野には山がありませんから、京浜や京葉地域では「海側」は言えても、対照的な「山側」は使えません。
 この言葉は、近くに山が見えない都市や、四周を山に囲まれている盆地では使えません。また、海に面していても、山がはるか彼方に見える都市では使いにくいでしょう。
 東海道・山陽新幹線は関ヶ原のような山中も、琵琶湖に近いところも走っています。そうであっても基本的には太平洋・瀬戸内海側を走りますから、北側が「山側」で、南側が「海側」です。東海道新幹線などに関する記述の中では「山側」「海側」を見かけることがありますが、東北地方の真ん中に近いところを走る東北新幹線では使えません。
 「山側」「海側」「浜側」は日本列島の海岸線ではどこでも使えそうにも思いますが、そんなに単純なことではなさそうです。
 話題は変わりますが、「駅下がり」という言い方が大阪府南部の和泉地域で使われています。東側には南海電気鉄道の線路、西側には府道204号(旧・阪和国道)の道路が並行して走っています。その幹線道路から駅へ通じる道筋に当たるところに、「泉佐野駅下り」、「井原の駅下り」、「鶴原駅下り」、「貝塚駅下り」といった交差点の表示があります。東の方から、西にある海岸に向かって土地がしだいに下っているという気持ちがあるからでしょう。ローマ字表記では「駅」と「下り」の間が少し空いています。駅から下がってきたところという意味なのでしょう。この地域特有の言葉遣いです。

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2019年11月28日 (木)

「入口」はどこまで続くか (1)

文字に書かれた言葉の地域差①


 江戸時代の五街道と言われる道を、端から端まですべて自分の足で歩きました。いずれも起点はお江戸・日本橋で、それぞれの方向に向かって伸びています。
 歩き始めたきっかけは単純なことでした。「入口」という言葉が気になっていました。「入口」と言っても特別な言葉ではありません。〈そこから中へ入ってゆく所〉という意味で「トンネルの入口」とか「市役所の入口」とかのような使い方をします。もう一つ、〈これから始まろうとする時期〉という意味で、「反抗期の入口」というような使い方をします。
 老年期の入口で、私は東海道を歩き始めました。ガイドブックに沿って、かつての東海道の道筋を忠実にたどろうという計画です。
 旧東海道は、日本橋から銀座を通って品川へと進みます。国道1号がその道筋になっているところが多いのですが、離れて歩くところもあります。迂回して歩くところや、細い道をたどるところもあります。それこそが旧道であって、国道1号は昔の道を無視して短絡的に進んでいるのです。
京都・三條大橋まで、箱根、大井川、鈴鹿峠などという難所を経由していきます。川には橋が架けられていますから現代では難所ではありません。逆に、歩道が整備されていない国道脇を歩くことは命がけです。3泊4日を基本にして、何回にも分けて歩きました。
 「入口」の探索には、国道1号のような、いわば幹線道路を歩いている方が収穫は多いのですが、旧道歩きの楽しさは、クルマの騒音が聞こえない村里をゆっくり辿っていくことです。

 私は方言に関心を持っています。方言は地域によって言葉の意味や使い方が違うことによって生じているのですが、基本的に〈話し言葉〉の世界です。それとは別に、全国共通の言葉であっても、使い方が地域によって異なることがあります。〈書き言葉〉の世界にも、地域的な特徴があるのです。
 兵庫県道718号は、かつての国道250号です。北側を走る国道二号に対して「浜国道」と通称されました。その道が、明姫幹線(新しい250号)の開通により、県道に格下げになりましたが、略称は過去の呼び名のままの「浜国」です。その県道が明石市と加古郡播磨町の境界に近づいたところに「南二見人工島入口」という交差点があります。
 さまざまな工場と広い公園とから成る埋め立て地は、兵庫県企業庁が造成したものです。およそ230ヘクタールに及ぶ人工島に入るためには、二見大橋を通るルートしかありませんでした。後に、歩行者専用であった東二見橋を改修して車も通れるようになりましたが、入口が一箇所である時代が長く続きました。
 関西では交差点の表示に「入口」と表示することは極端に少ないのですが、「南二見人工島入口」交差点は、まさしく「入口」で、ここを通り過ぎてしまうと人工島へは渡れないのです。
 ところが、首都圏を歩いていると、「入口」という表示が随所にあります。交差点の表示の他にも、バス停の名称などにも氾濫しているのです。明らかに関西と首都圏は趣を異にしています。どの辺りで関西色と首都圏色が入れ替わるのかということを、歩きながら確かめたいと思ったのです。東から西に向かって歩きますから、首都圏の傾向を持った「入口」はどこまで続くのか、自分の目で確かめてカメラに収めようという試みです。
 「入口」だけに注目して旧東海道を歩くのは不経済ですから、その他にも探索項目を作りました。その上に、言葉に関するものは気付きしだい写真に収めることにしました。実際に歩いてみると、言葉に関する写真は1日に数十枚が撮れました。

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2019年11月27日 (水)

明石日常生活語辞典・追記(80)

いとごる


 水に塩や砂糖を溶かしていきます。たくさんの塩や砂糖を入れてかき混ぜたとき、溶け切れないものが、しばらくすると底に沈んで溜まっていくことがあります。そのような状態を何と表現するでしょうか。
 共通語で思い浮かぶのが「沈殿する」という言葉です。けれども「沈殿」という言葉は、比較的新しい言葉のように思われます。『日本国語大辞典』で見ると、その用例は近代文学などから取られています。例えば明治時代よりも前には、そのような状態をどのように言い表していたのでしょうか。
 あるいは別の点で言うと、そのような状態を漢語(音読の表現)ではなく、やまとことば(訓読の表現)では何と言っていたのでしょうか。
 明石ではそのようなことを「いとごる」と言います。近隣地域の言葉としては「いぞこる」「いどこる」や「いどる」などありますし、関東・中部では「おどむ」という言い方も見られるようです。要するに「沈殿する」という言葉が使われる以前には、やまとことばの言い方が各地にはあったと思われます。
 やまとことばが消えて漢語が幅を利かせ、それが今度は外来語(カタカナ言葉)に姿を変えていくのが日本語の姿であると諦めるのは、なさけないことです。やまとことばがあるのなら、日常生活ではそれを使い続けたいと思います。
 普段の言葉としては、「コップの下部に沈殿している顆粒を撹拌しなさい。」などという言葉遣いをしません。「こっぷ(コップ)・の・ した(下)・の・ ほー(方)・に・ いとごっ・とる・の・を・ ちゃんと・ かきまぜ・て・から・ の(飲)み・なはれ。」などと言うのが自然な言葉遣いでしょう。
 「明石日常生活語辞典」の「いとごる」の説明を引用しておきます。

●いとごる《動詞・ラ行五段活用》 液体の中に溶けているものが濃すぎて、容器などの底に沈んで溜まる。「と(溶)かし・た・ はず・の・ さとー(砂糖)・が・ こっぷ(コップ)・の・ そこ(底)・に・ いとごっ・とる。」「いとごっ・た・ さとー(砂糖)・を・ な(舐)める。」

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2019年11月26日 (火)

明石日常生活語辞典・追記(79)

へっちゃいこっちゃい、あっちゃいこっちゃい、へこさかだいみょうじん


 例えば幼児が靴を左右逆にはいているときには、共通語では「ぎゃく」とか「あべこべ」とか言うでしょう。
 上下や左右や表裏や前後の向きなどが逆になっているとき、明石の言葉は、言い方が豊富です。「くつ(靴)・が・ あっちこっちに・ なっ・とる。」とか、「へこちんに・ は(履)い・とる。」とか、「は(履)きかた(方)・を・ あっちゃいこっちゃいに・ し・とー。」とか言います。
 発音の崩れなども入れると、そのような様子を表す形容動詞などは、「あっちこっち」「あっちゃこっちゃ」「あっちゃいこっちゃい」「へこさか」「へこさかだいみょうじん」「へっちゃい」「へっちゃいこっちゃい」「へこちん」など多彩になります。共通語と同じ「あべこべ」「ぎゃく」も使います。
 これらの言葉遣いで面白いのは、単にものが逆になっているだけではなくて、人間関係なども表現することがあります。「しんせつ(親切)に・ お(教)せ・たっ・たら・ あっちゃいこっちゃいに・ どな(怒鳴)ら・れ・ても・た。」などと言います。このような場面では、「あっちゃいこっちゃいに・ どなら・れ・た。」「へこさかに・ ……」「へこさかだいみょうじんに・ ……」「へっちゃいこっちゃいに・ ……」「へこちんに・ ……」などと言うこともできます。
 品詞としては、形容動詞の他に、名詞の働き(逆であることという意味)もしますし、「あっちゃいこっちゃいする」のような動詞の働きもします。
 「明石日常生活語辞典」の「へっちゃいこっちゃい」の項を引用しておきます。

●へっちゃいこっちゃい《名詞、形容動詞や(ノ)、動詞する》 ものの上下・左右・前後・表裏などが、逆であること。「しゃつ(シャツ)・を・ まえうしろ(前後)・ へっちゃいこっちゃいに・ き(着)・とる。」「へっちゃいこっちゃいに・ こっち・が・ おこ(怒)ら・れ・ても・た。」〔⇒あっちこっち、あっちゃこっちゃ、あっちゃいこっちゃい、へっちゃい、へこさか【へこ逆】、へこさかだいみょうじん【へこ逆大明神】、あべこべ、へこちん〕

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2019年11月25日 (月)

明石日常生活語辞典・追記(78)

しっぽり


 「しっぽり」という副詞は、関西の広い範囲で使われているようですが、その意味・用法は、重点の置き方によって変化があるようです。
 『京都府方言辞典』から引用します。この辞典は、その意味・用法で使っている土地の名が記載されていますが、それを省略して引用します。


 シッポリ〔副〕 長く。
 シッポリ〔副〕 熱心に。
 シッポリ 静かで上品。
 シッポリ〔副〕 男女の仲が深い様。
 シッポリ〔副〕 遅くまで仕事する様。 「~きばってるなあ」
 シッポリ〔副〕 落ち着いて。大人びて。 「たばこ屋の娘さん、このごろ~してきはった」
 シッポリ〔副〕 さんざん 「今日は折角の花見に~降られた」「朝から~働かされた」
 (中井幸比古、「京都府方言辞典」、和泉書院、2002年7月30日発行、245ページ)

 7つの意味、使用地域に分けて記録されているのですが、大きくまとめると、その意味・用法はひとつになるかもしれないと思うのです。
 明石で使っている「しっぽり」は、上記の意味のうち、「静かで上品」「落ち着いて。大人びて」に重点を置いた使い方はしていません。
 けれども「しっぽり・ はなし(話)・を・ する・ ひと(人)・や。」というような評価をする言葉を聞いたら、静かで上品に落ち着いて話をしている様子はうかがえます。
 また、「あの・ ふたり(二人)・は・ しっぽり・ はなし(話)・を・ し・とる。」という言葉を聞いたら、ゆったりと時間をかけて話している印象ですが、二人の仲が深いと理解してもおかしくないでしょう。
つまり、辞書的な意味としてどのように書くかは難しいのですが、その言葉の持つイメージが広い場合があるのです
 「明石日常生活語辞典」では「しっぽり(と)」という言葉を、次のように説明しているのですが、もっと違った説明の仕方もできるような気もします。

●しっぽり《副詞と》 ①一生懸命に行動したり考えたりする様子。「あわ(慌)て・んと・ しっぽり・ よー・ かんが(考)え・てください。」②遅くまで活動している様子。「くろ(暗)ー・ なる・まで・ しっぽりと・ せー(精)・が・ で(出)・ます・ねー。」◆②は、少人数の場合に使う。大勢で仕事をしているような場合にはあまり使わない。

 なお、『京都府方言辞典』には、上記に続いて、連語の表現が記録されています。それを引用します。

 シッポリシテチャナー〔連〕 夕方働いている人に向かって言う。
 シッポリドス〔連〕 夕方働いている人に向かって言う。
シッポリドス〔連〕 お精が出ます。夜の挨拶。夜遅めに帰ると、隣人が「~」と挨拶する。
 シッポリドスナー〔連〕 夕方働いている人に向かって言う。
 (中井幸比古、「京都府方言辞典」、和泉書院、2002年7月30日発行、245ページ)

 明石では「シテチャナー」とか「ドス」とかの言葉はほとんど使いませんが、遅くまで精を出している人に向かっての挨拶の言葉として使うことについては、京都府内と同様です。

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2019年11月24日 (日)

明石日常生活語辞典・追記(77)

うっかり、うかっと、うろっと


 私が中学生ぐらいの頃だったろうと思いますが、ラジオの連続ドラマに「うっかり夫人とちゃっかり夫人」という番組がありました。何度も聞いたと思いますが、中身がどんな物語であったかは思い出せません。真剣なお話ではなく、面白い番組であったように記憶しています。
番組名にある「うっかり」は日常語であったのですが、「ちゃっかり」はどこか都会的な言葉のように感じた憶えがあります。
 その「うっかり」という言葉について、次のような論を読みました。

 近世の「うっかり」は、〈なにかに心を奪われている様子〉と〈注意が行き届かない様子〉が併存していると言える。両者の違いは、心が奪われる確たる対象があるかないかということであり、共通するのは、《心、ここにあらずの様子》ということになる。
 近代になると、「うっかり」の例は、〈なにかに心を奪われている様子〉の例が衰退して、〈注意が行き届かない様子〉のみが残ることになった。〈なにかに心を奪われている様子〉は、「うっとり」のようなオノマトペが担うようになったことも、その一因として挙げられよう。
 (小野正弘、「感じる言葉 オノマトペ」、KADOKAWA(角川選書)、2015年8月25日発行、47ページ)

 方言にもそのような変化があったのかどうかはわかりません。けれども明石の言葉としては、「うっかり」と同じような意味を持つ言葉として「うかうか」「うかっと」「うろっと」があります。
 そのうち「うろっと」には、〈それまでには保持していた、記憶力や判断力などが急に失われる様子〉という意味があるように思います。「ごっつい・ こえ(声)・で・ おこ(怒)ら・れ・て・ うろっと・ い(言)い・たい・ こと・が・ いえ・ん・よーに・ なっ・ても・た。」というような例が、それにあたります。
 参考までに、「明石日常生活語辞典」の、「うっかり」「うかうか」「うかっと」「うろっと」の項を引用します。

●うっかり《副詞と、動詞する》 注意力が足りなくて、気を緩めている様子。あまり深く考えずに物事を行う様子。「うっかりし・とっ・て・ でんしゃ(電車)・を・ お(降)りる・の・を・ わす(忘)れ・た。」「うっかり・ て(手)・を・ あ(挙)げ・たら・ あ(当)て・られ・た。」◆不都合な結果を引き起こすことに結びつくような場合に使うことが多い言葉である。〔⇒うかうか、うかっと、うろっと〕
●うかうか《副詞と、動詞する》 注意力が足りなくて、気を緩めている様子。あまり深く考えずに物事を行う様子。「うかうかし・とっ・たら・ お(追)いぬか・れ・てまう・ぞ。」〔⇒うっかり、うかっと、うろっと〕
●うかっと《副詞、動詞する》 注意力が足りなくて、気を緩めている様子。あまり深く考えずに物事を行う様子。「ほん(本)・を・ かえ(返)す・の・を・ うかっと・ わす(忘)れ・ても・とっ・た。」「うかっとし・て・ でんしゃ(電車)・を・ の(乗)りすごし・た。」〔⇒うっかり、うかうか、うろっと〕
●うろっと《副詞、動詞する》 ①注意力が足りなくて、気を緩めている様子。あまり深く考えずに物事を行う様子。「きのー(昨日)・の・ やくそく(約束)・を・ うろっと・ わす(忘)れ・とっ・た。」「うろっとし・て・ はなし(話)・を・ き(聞)ー・とっ・た・さかい・ あたま(頭)・に・ のこ(残)っ・とら・へん。」②それまでには保持していた、記憶力や判断力などが急に失われる様子。「きゅー(急)に・ うろっとし・て・ どない・ し・たら・ え(良)ー・の・か・ わから・ん・よーに・ なっ・ても・た。」◆②の場合、動詞「うろっとする」が、副詞+動詞「うろっと・ なる」に変化することがあるが、意味は同じである。〔①⇒うかうか、うかっと、うっかり〕

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2019年11月23日 (土)

明石日常生活語辞典・追記(76)

さんこ


 それぞれの言葉が使われている地域の広がりは、ひとつひとつの言葉によって異なっています。方言と見なされている言葉であっても、例えば、包丁の意味で使われる「ながたん」は、全国的に分布していますが、ひとつの地域(例えば兵庫県)の中でも使う地域と使わない地域があります。それは、かつては全国的に使われていた言葉が残り続けていたり、使われなくなったりという違いから、生じている現象です。
 方言の言葉の広がりは、一定の地域で特徴的に使われていて、他の地域では使われない言葉というような図式には当てはまりません。
 方言は古くからの行政区画などによって違いを見せることがありますが、兵庫県は、そのような点で言うと、特別な地域であるといってもよいのかもしれません。兵庫県は旧国名で言うと、摂津、播磨、丹波、但馬、淡路の五国から成り立っています。しかも、もっと大きな区分けで言うと、摂津は畿内に属し、播磨は山陽道、丹波と但馬は山陰道、淡路は南海道に属します。明石は、播磨(山陽道)・摂津(畿内)・淡路(南海道)の接点に当たるような地域です。
 そんな中で、兵庫県の地域では広がりを見せて使われていて、他の府県ではあまり使われていないように思われる言葉のひとつに「さんこ」があります。
 「さんこ」という形容動詞は、乱雑な様子、散らかっている様子、整理が行き届いていない様子を表す言葉です。「うんどーぶ(運動部)・の・ ぶしつ(部室)・が・ さんこに・ なっ・とる・さかい・ そーじ(掃除)せ・な・ あか・ん・ぞ。」などと言います。主として屋内などで、あまり広くない場所の様子を指して使います。体育館全体のことや、運動場のことなどについて使うことは、ないように思います。
 共通語の「らんざつ」を使うこともできますが、結果としての乱雑に広がっているということよりも、使うときの姿勢(いいかげんさや、粗暴な振る舞いなどによる)のことを言い表しているような感じです。
 「明石日常生活語辞典」の「さんこ」の項目を引用します。

●さんこ《形容動詞や(ナ)》 乱雑である様子。散らかっている様子。整理が行き届いていない様子。「いえじゅー(家中)・ さんこに・ なっ・とる・さかい・ ひと(人)・が・ き(来)・たら・ は(恥)ずかしー・ねん。」「なや(納屋)・も・ さんこに・ し・とる。」◆それほど広くない部屋や区画などについて言う言葉であって、体育館やグラウンドのような広さのあるものには使わない。

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2019年11月22日 (金)

明石日常生活語辞典・追記(75)

かく


 「かく」という動詞を漢字で書くと、「書く、描く、画」「掻く」「欠く」などになります。このうち「欠く」は、明石の方言では「欠ける」となりますから、「欠く」はほとんど使いません。
 もうひとつ別の「かく」があります。「かご(駕籠)・を・ かく。」というような使い方をする言葉です。その「かく」は、一般の国語辞典では〔二人以上で、肩にのせて運ぶ〕というような説明になっています。
 その意味の「かく」は、「担ぐ」とも言いますが、「担ぐ」も一般の国語辞典では〔肩にかけてになう〕というような説明になっています。肩を使うということが必須の条件であるようです。(共通語の「担ぐ」には、他に、推し立てる、まつりあげる、騙す、縁起を気にする、というような意味もありますが、それらの意味は今回の話題にはしません。)
 明石の言葉としては、①「わし(私)・が・ つくえ(机)・の・ こっちがー(此方側)・を・ も(持)つ・さかい・ あんた(貴方)・は・ そっち(其方)・を・ かい・てくれ・へん・か。」と言ったり、②「ひとり(一人)・で・ おー(大)けな・ はこ(箱)・を・ かい・て・ はこ(運)ん・だ。」と言ったりします。
 ①は、肩を使うのではなく、手で支える(あるいは、引き上げる)という動作です。この例文の場合は、場所を移動させる目的ではなく、その場で持ち上げることをするのです。例えば、二人でかいている間に、別の人がそのあたりを掃除したりします。②は、一人で行う動作です。この例文では、場所を移動させているのです。
 もちろん、例えば担い棒を使って、二人で肩に担ぐという使い方を、明石でもしないわけではありませんが、それは共通語の使い方に近いと言えるでしょう。
 このような言葉は、共通語と同じような使い方をする言葉だとして、方言(俚言)集には割愛されることが多いのですが、語の形は同じでも、意味・用法の異なる言葉こそ、丁寧に記述しなければならないと感じています。
 「明石日常生活語辞典」の「かく」の項を引用します。

●かく《動詞・カ行五段活用》 ①手を使って上に持ち上げる。「つくえ(机)・を・ かい・とる・ あいだ(間)・に・ した(下)・を・ は(掃)く。」②手で持ち上げて動かす。手で持ち上げて運ぶ。「つくえ(机)・を・ かい・て・ すみ(隅)・へ・ やる。」③祭りで、大勢が力を合わせて、布団太鼓(檀尻)を持ち上げて練る。「みや(宮)はん・で・ たいこ(太鼓)・を・ かく。」◆①②の例文で、「つくえ(机)・を・ かい・とる・ あいだ(間)・に・ した(下)・を・ はく。」というのは、持ち上げるだけで、前後左右への動きはない。「つくえ(机)・を・ かい・て・ すみ(隅)・へ・ やる。」というのは場所の移動が伴う。「かく」は、1人で持ち上げたり、持ち上げて運ぶ場合にも使い、2人で(または、幾人もで)持ち上げたり、持ち上げて運ぶ場合にも使う。

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2019年11月21日 (木)

明石日常生活語辞典・追記(74)

まっかいけのけ、まっしろびょったん


 「ま(真)」、「ま(真)っ」という接頭語があります。純粋にそうである、間違いなくそうである、正確にちょうどそのようである、という意味を添える言葉です。「ま」がア行音・カ行音・サ行音に続くときには「まっ」となることがあります。「まっしょーめん(正面)・を・ む(向)い・て・ はなし(話)・を・ する。」「まっくろ(黒)な・ ふく(服)・を・ き(着)る。」「まっしろ(白)な・ ゆき(雪)・が・ つ(積)もる。」「まっさらの・ えんぴつ(鉛筆)・を・ けず(削)る」「まっしょーじき(正直)な・ ひと(人)・や。」などと言います。
 さて、その「ま」、「まっ」が、色を表す言葉に付く場合、「まっか」となるのは全国共通語と同じです。それに別の音が加わると、赤の場合は、「まっかっか」「まっかっかのか」「まっかいけ」「まっかいけのけ」などとなります。
 黄色の場合は、「まっきいろ」「まっきっき」「まっきっきのき」です。すべての色にわたって、この表現が呼応するわけではありませんが、茶色の場合に「まっちゃっちゃ」などと言うことがあります。
 黒の場合は、「まっくろ」「まっくろけ」「まっくろけのけ」と言い、さらにその度合いが強いときは「まっくろびょうたん」とか「まっくろびよったん」とか「まっくろべったん」と言うこともあります。
 白の場合も同じで、「まっしろ」「まっしろけ」「まっしろけのけ」と言い、さらに「まっしろびょうたん」とか「まっしろびよったん」とか「まっしろべったん」と言うこともあります。「びょうたん」の部分は瓢箪を思わせる言い方です。
 「明石日常生活語辞典」の「まっしろ」などの項目を並べあげておきます。

●まっしろ【真っ白】《形容動詞や(ナ・ノ)》 ①たいへん白く、白以外の何ものでもない様子。「おしろい(白粉)・を・ ぬ(塗)っ・て・ かお(顔)・が・ まっしろや。」②白以外の色が含まれていない様子。「まっしろな・ しお(塩)・は・ きれー(綺麗)や・なー。」〔⇒まっしろけ【真っ白け】、まっしろけのけ【真っ白けのけ】〕
●まっしろけ【真っ白け】《形容動詞や(ノ)》 ①たいへん白く、白以外の何ものでもない様子。「さむ(寒)ー・て・ て(手)ー・の・ さき(先)・が・ まっしろけに・ なっ・た。」②白以外の色が含まれていない様子。「ゆき(雪)・が・ ふ(降)っ・て・ ろっこーさん(六甲山)・は・ まっしろけや。」〔⇒まっしろ【真っ白】、まっしろけのけ【真っ白けのけ】〕
●まっしろけのけ【真っ白けのけ】《形容動詞や(ノ)》 ①たいへん白く、白以外の何ものでもない様子。「この・ しお(塩)・は・ ほんま(本真)に・ まっしろけのけや・なー。」②白以外の色が含まれていない様子。「あたま(頭)・の・ け(毛)ー・が・ まっしろけのけに・ なっ・た。」〔⇒まっしろ【真っ白】、まっしろけ【真っ白け】〕
●まっしろびょうたん〔まっしろびょーたん〕【真っ白瓢箪】《形容動詞や(ノ)》 たいへん白く、白以外の何ものでもない様子。異常なまでに真っ白である様子。「たいびょー(大病)し・て・ や(痩)せ・て・ まっしろびょーたんに・ なっ・ても・とる。」◆異常なまでに青い場合は「あおびょうたん【青瓢箪】」「あおびょったん【(青瓢箪)】」「あおべったん【(青瓢箪)】」と言う。■対語=「まっくろびょうたん【真っ黒瓢箪】」〔⇒まっしろびょったん【(真っ白瓢箪)】、まっしろべったん【(真っ白瓢箪)】〕
●まっしろびょったん【(真っ白瓢箪)】《形容動詞や(ノ)》 たいへん白く、白以外の何ものでもない様子。異常なまでに真っ白である様子。「すいか(西瓜)・を・ き(切)っ・たら・ なか(中)・が・ まっしろびょったんやっ・た。」■対語=「まっくろびょったん【(真っ黒瓢箪)】」〔⇒まっしろびょうたん【真っ白瓢箪】、まっしろべったん【(真っ白瓢箪)】〕
●まっしろべったん【(真っ白瓢箪)】《形容動詞や(ノ)》 たいへん白く、白以外の何ものでもない様子。異常なまでに真っ白である様子。「なが(長)い・こと・ にゅーいん(入院)し・て・ からだ(体)・が・ まっしろべったんに・ なっ・た。」■対語=「まっくろべったん【(真っ黒瓢箪)】」〔⇒まっしろびょうたん【真っ白瓢箪】、まっしろびょったん【(真っ白瓢箪)】〕

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2019年11月20日 (水)

明石日常生活語辞典・追記(73)

げっとうしょう


 今の一般日刊新聞はまるでスポーツ新聞になってしまっています。私が幼かった頃には考えられなかったことです。スポーツ面が何ページもあって、その上に1面にも社会面にも関連記事が載ります。特別な種目だけを大々的に報道するという姿勢も見られます。
 スポーツは商業になっています。10月10日に開幕した前回の東京オリンピックはスポーツ精神に溢れていましたが、来年の東京大会は商業主義で期日が決められ、酷暑の開幕となりました。スポーツは自然との闘いであると思いますが、莫大な費用をかけて設備を整えています。見せて金儲けをするのがスポーツ大会のようです。
スポーツ報道は、上位の幾人かにスポットが当たって、下位の者には報道する価値がないと見なされています。新聞や放送は、「げっとう」の人なんかには見向きもしません。そんなことはないというアリバイを見せるためには、時々、「げっとう」の人にも、美談のような記事を書いて称えています。
 さて、「げっとう」とは、ビリのことです。明石の言葉には、この意味で使う言葉がたくさんあります。「しり」とか「けつ」とかの他に、「どんげつ」と言ったり「げっとくそ」と言ったりして、けなすような言葉で溢れています。もちろん、これはスポーツだけに使う言葉ではなく、いろいろな場面に使われます。
 面白いのは「げっとうしょう」です。最下位にも「賞」という言葉を付けて、表向けには称えた表現にしているのです。温かみが感じられるようにも思います。小さな子どもに向かって、「げっとーしょ・でも・ しょーひん(賞品)・を・ もら(貰)え・て・ うれ(嬉)しかっ・た・なー。」などと言います。
 「明石日常生活語辞典」の「げっとう」「げっとうしょう」「げっとくそ」を引用しておきます。

●げっとう〔げっとー、げっと〕【(穴等)】《名詞》 順位をつけたときの後ろの位置。最も後ろの順位。最後尾。最下位。「がんば(頑張)っ・た・けど・ げっとー・やっ・た。」〔⇒しり【尻】、けつ【穴】、げつ【(穴)】、げっつう【(穴)】、どんけつ【どん穴】、どんげつ【(どん穴)】、どんじり【どん尻】、げっとくそ【(穴等糞)】、げっとうしょう【(穴等賞)】、べっとう【(穴等)】、べっとくそ【(穴等糞)】、べっとうしょう【(穴等賞)】、びり〕
●げっとうしょう〔げっとーしょー〕【(穴等賞)】《名詞》 順位をつけたときの後ろの位置。最も後ろの順位。最後尾。最下位。「げっとーしょー・でも・ しょーひん(賞品)・が・ もら(貰)える・ねん。」◆「げっとう【(穴等)】」に、ふざけて「しょう【賞】」をつけた言葉。〔⇒しり【尻】、けつ【穴】、げつ【(穴)】、げっつう【(穴)】、どんけつ【どん穴】、どんげつ【(どん穴)】、どんじり【どん尻】、げっとう【(穴等)】、げっとくそ【(穴等糞)】、べっとう【(穴等)】、べっとくそ【(穴等糞)】、べっとうしょう【(穴等賞)】、びり〕
●げっとくそ【(穴等糞)】《名詞》 順位をつけたときの後ろの位置。最も後ろの順位。最後尾。最下位。「はし(走)っ・たら・ いつも・ げっとくそ・や・ねん。」〔⇒しり【尻】、けつ【穴】、げつ【(穴)】、げっつう【(穴)】、どんけつ【どん穴】、どんげつ【(どん穴)】、どんじり【どん尻】、げっとう【(穴等)】、げっとうしょう【(穴等賞)】、べっとう【(穴等)】、べっとくそ【(穴等糞)】、べっとうしょう【(穴等賞)】、びり〕

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2019年11月19日 (火)

明石日常生活語辞典・追記(72)

いいん


 『県別罵詈雑言辞典』には各県別に【ケンカの際の捨て台詞、決まり文句、脅し文句】という項目があって、京都府、大阪府、兵庫県に次のような言葉が紹介されています。

【京都府】
●子ども・喧嘩捨て台詞
 あんたとは もー 絶交や。いーだ。
 *「いーだ」はあまり使わない。

【大阪府】
●子ども・喧嘩捨て台詞
 あーほー。うっさいんじゃ。黙れ。 /うっといんじゃ。いーだ。あっかんべー。

【兵庫県】
●子ども・喧嘩捨て台詞
 おまんなんか 嫌いじゃー。いーんじゃ。
 (真田信治・友定賢治(編)、「県別罵詈雑言辞典」、東京堂出版、2011年10月20日発行、114ページ、118ページ、124ページ)

『県別罵詈雑言辞典』を見ていくと、喧嘩捨て台詞として「いーだ」の系列の言葉を使うのは、京都・大阪・兵庫の他に、栃木県、石川県、福井県、三重県、奈良県、鳥取県、岡山県、山口県に記載されています。近畿地方を中心とした西日本のようです。
もっと広い地域でも使われているかもしれませんが、一般の国語辞典にはこのような言葉は載せられないのが普通です。話し言葉の実際の姿を知るためには方言辞典が格好のものとなります。「明石日常生活語辞典」はこのような話し言葉専用のような言葉も多く集めています。
 上記の引用では、京都府・大阪府では「いーだ」となっていますが、それは共通語に引かれた言い方です。「いーだ」ではなく「いーや」「いーじゃ」となることが多いと思います。しかも、明石では「いー」と言うよりも「いーん」となることが多いと思います。
 「明石日常生活語辞典」の「いいん」の項目を引用しますが、上の話題は、下記の②の意味に関することです。

●いいん〔いーん〕《名詞、感動詞、動詞する》 ①歯を閉じた状態にして、唇を開けてそれを見せること。「いーんし・て・ は(歯)ー・を・ み(見)せ・てんか。」②顔つきや態度で、いかにも憎らしいという感じを表すこと。歯をむき出したようにして、拒絶する気持ちをあらわすときに発する言葉。歯をむき出したようにして、相手を軽蔑する気持ちをあらわすときに発する言葉。「おまえ(前)・みたいな・ もん(者)・は・ いいん・や。」◆「いいんや」という言葉は、いやだ、絶交だ、というような意味を持って、形容動詞化しているとも考えられる。〔⇒いい〕

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2019年11月18日 (月)

明石日常生活語辞典・追記(71)

ごじゃ


 『県別罵詈雑言辞典』の兵庫県の項目に、次のような表現があります。

 播州地方で使われ、共通語訳できない言葉に「ごじゃ」「ごじゃもん」がある。「道理をわきまえない人」とでも訳すしかないが、細かな意味合いは表現できない。茨城県にみられる、馬鹿を意味する「ごじゃっぺ」は同源ではないかと思われる。なお、播州地方の最近の若い世代では強調を表す副詞として用いられ、「今日の試験 ごじゃ むずかしかった」などと使われている。
 (真田信治・友定賢治(編)、「県別罵詈雑言辞典」、東京堂出版、2011年10月20日発行、126~127ページ)

 「ごじゃ」を共通語できない言葉と書いてあるのは、共通語にぴったり合う言葉という意味だろうと思います。確かに、共通語に置き換えることは難しいように思います。それでも意味の記述は必要ですから「明石日常生活語辞典」では、次のように書いております。併せて、関連する言葉についても引用します。

●ごじゃ《名詞、形容動詞や(ナ)、動詞する》 ①道理の通らないこと。「ごじゃな・ こと・を・ い(言)ーだし・て・ みんな(皆)・に・ く(食)ってかかっ・とる。」②間違ったこと。「おまえ(前)・の・ こた(答)え・は・ ごじゃ・が・ おー(多)い・なー。」③いい加減なこと。「ごじゃな・ でまかせ・を・ ゆ(言)ー・な・よ。」
●ごじゃごじゃ《名詞》 考えなどが対立して争いになっていること。雑多なものなどが秩序鳴く入り混じっていること。「いえ(家)・の・ なか(中)・に・ ごじゃごじゃ・が・ ある・みたいや。」〔⇒ごちゃごちゃ、ごたごた、もめごと【揉め事】〕
●ごじゃごじゃ《形容動詞や(ノ)、動詞する》 ①いろいろなものが無秩序に混じり合っている様子。いろいろなものを混ぜ合わせている様子。ものごとを混同している様子。「つくえ(机)・の・ なか(中)・が・ ごじゃごじゃに・ なっ・とる。」②あれこれ述べて非難する様子。文句を言い続ける様子。もめ事が生じている様子。「ごじゃごじゃと・ もんく(文句)・ばっかり・ ゆ(言)ー。」〔⇒ごちゃごちゃ、ごたごた。①⇒ごっちゃ、ごった、ごちゃまぜ【ごちゃ混ぜ】、ごっちゃまぜ【ごっちゃ混ぜ】、ごじゃまぜ【ごじゃ混ぜ】、ごたまぜ【ごた混ぜ】、まぜくちゃ【混ぜ苦茶】、まぜこぜ【混ぜこぜ】、まぜこちゃ【混ぜこちゃ】〕
●ごじゃっぺ《名詞、形容動詞や(ノ・ナ)》 道理の通らないこと。世間の常識にそわないこと。また、そのようなことをする人。「ごじゃっぺ・に・ かいけー(会計)・を・ まか(任)し・たら・ えらい・ こと・に・ なる。」〔⇒ごじゃんぽ、ごちゃっぺ、ごちゃんぽ〕
●ごじゃんぽ《名詞、形容動詞や(ノ・ナ)》 道理の通らないこと。世間の常識にそわないこと。また、そのようなことをする人。「みち(道)・ いっぱい(一杯)に・ くるま(車)・を・ と(停)め・て・ ごじゃんぽな・ ひと(人)・が・ おる・なー。」〔⇒ごじゃっぺ、ごちゃっぺ、ごちゃんぽ〕

 ただし、「ごじゃ」という言葉を、馬鹿という意味に結びつけるのはいささか強引であると思います。明石方言の「ごじゃ」は、道理が通らない、世間の常識にそわない、間違っている、いい加減である、というような意味であって、馬鹿というのとは一線を画していると思います。
 播州(播磨)は広い地域で、明石市はその東端にあります。「今日の試験 ごじゃ むずかしかった」というような強調の言葉としての使い方は、播州の東端には達していないように思います。

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2019年11月17日 (日)

明石日常生活語辞典・追記(70)

べろまかす


 「じょーとー(上等)の・ ふく(服)・を・ みんな(皆)・に・ べろまかす。」とか、「おい(美味)しー・ まんじゅー(饅頭)・を・ べろまかし・ながら・ く(食)う。」と言うことがあります。見せびらかす、という言葉の持つ意味とほぼ重なり合うのですが、やっぱり「べろまかす」の方こそ方言らしさが漂います。
 子どもを相手にして、見せびらかすという意味で使うことが多いのですが、大人を相手にして使わないわけではありません。けれども、その場合は、ちょっと大人げない行為をしているという印象が伴うこともあります。
 「べろまかす」ことをするものは、食べ物であったり衣服であったりしますが、その他にも書物や電化製品にも広がりますし、時には大金を見せびらかすような場合にも使います。見せつけることをして、触れさせることをしないというような意味です。これは明らかに、相手を羨ましがらせようという、ちょっと姑息な気持ちが潜んでいるようにも思われます。
 「明石日常生活語辞典」では次のように記述していますが、もっと詳しく説明すべきであったかもしれません。

●べろまかす《動詞・サ行五段活用》 自慢たらしく見せつける。触らせたり使わせたりしないようにして、見せる。「おかし(菓子)・を・ べろまかし・とい・て・ くれ・へん・ねん。」〔⇒みせびらかす【見せびらかす】〕

 語尾が「まかす」となる言葉には、他に「ちょろまかす」という言葉があります。その言葉は、〔①人にわからないように盗む。所有者に黙ったままで自分のものにしてしまう。②ごまかして不当な利益を得る。〕というような意味がありますが、「べろまかす」にも「ちょろまかす」にも、相手を圧倒するような姿勢が見えるように思われます。

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2019年11月16日 (土)

明石日常生活語辞典・追記(69)

「さかい」の退潮


 「はら(腹)・が・ へ(減)っ・た・さかいに・ はよ(早)ー・ ごはん(飯)・が・ た(食)べ・たい・ねん。」と言うときの、「さかい」(または「さかいに」)という接続助詞を使う頻度が、急激に下がってきていると感じています。関西の言葉の中でも特徴的なものと思われている言葉のひとつなのですが、退潮の傾向にあります。とりわけ若い世代が使わなくなってきていると感じています。
 「さかい」「さかいに」を基本として、発音が変化した「さけ」「さけに」、「はかい」「はかいに」など、実際の言い方には変化があります。
 その言葉が、共通語の「ので」「から」などに取って代わられつつあるのです。関西の人たちが全国共通語を多く使うようになっているのは「さかい」に限らないのですが、著しく少なくなっているのが「さかい」であるように感じています。終助詞としての使い方にも同じ傾向が見られます。
 私は、無理に方言(俚言)を使ってもらいたいとは思っていません。何十年か後に「さかい」を使う人がいなくなっても仕方ないとは思いますが、寂しさは残るでしょう。
 言葉が変化して消え去るものがあるとしても、その言葉を記録しておくことだけは忘れないようにしたいと思っています。
 「明石日常生活語辞典」の、接続助詞、終助詞の「さかい」「さかいに」の項目を引用しておきます。

●さかい《接続助詞》 理由や根拠などを表す言葉。前に述べることが原因や理由となって、後ろに述べることが起こることを表す言葉。「つごー(都合)・が・ わる(悪)い・さかい・ きょー(今日)・は・ い(行)か・へん・ねん。」◆現在では、「さかい」「さかいに」よりも、「ので」「から」などを使う度合いが多くなってきている。〔⇒さかいに、さけ、さけに、はかい、はかいに、ので、から、し〕
●さかい《終助詞》 相手に対して念を押して言う気持ちを表す言葉。「ここ・で・ ま(待)っ・とっ・たる・さかい。」〔⇒さかいに、さけ、さけに、はかい、はかいに、ので、から、し〕
●さかいに《接続助詞》 理由や根拠などを表す言葉。前に述べることが原因や理由となって、後ろに述べることが起こることを表す言葉。「あんた・が・ さそ(誘)・てくれ・た・さかいに・ さんか(参加)する・ こと・に・ する・わ。」◆現在では、「さかい」「さかいに」よりも、「ので」「から」などを使う度合いが多くなってきている。〔⇒さかい、さけ、さけに、はかい、はかいに、ので、から、し〕
●さかいに《終助詞》 相手に対して念を押して言う気持ちを表す言葉。「あした(明日)・まで・ こしら(拵)え・とい・たる・さかいに。」〔⇒さかい、さけ、さけに、はかい、はかいに、ので、から、し〕

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2019年11月15日 (金)

明石日常生活語辞典・追記(68)

言葉の意味の記述


 ひとつひとつの言葉をどのように見出し語とするか、それぞれの言葉の意味をどのように記述するか、というのは大きな問題です。
 同じ発音であっても漢字で書き分けられますし、意味を幾つかに区分して記述することも可能です。
 「明石日常生活語辞典」は800ページを越えますが、国語辞典で言うと大型の「日本国語大辞典」や、中型の「広辞苑」に匹敵するようなボリュームではありません。小型の国語辞典よりもやや詳しい説明を施して、それぞれに用例を付したという形のものです。
 言葉の意味の記述については、次に引用する文章で述べられていることに近いように思います。


 現代の辞書においては、語義の記述が細かくなる傾向にあるように感じる。そのことは丁寧であると評価できる反面、具体的な文脈に寄りすぎて、かえって中心的な語義が不鮮明になるという面ももつと考える。語はそれが置かれた文脈によって、「文脈的意味」を発揮する。語には「辞書的意味」と「文脈的意味」とがある。同じ語を使った文が五〇あれば、(いささか極端なものいいにはなるが)「文脈的意味」は五〇あるということもできる。そうした「文脈的意味」を丁寧に記述しようとすると、辞書の語義記述は膨大なものになっていく。『岩波国語辞典』が「現象的な意味をいちいち細かく分けて説明するよりも、基本的な意味を明らかにするようにした」とは、「文脈的意味」よりも「辞書的意味」の記述をこころがけたということの表明にみえる。
 (今野真二、「辞書をよむ」、平凡社(平凡社新書)、2014年12月15日発行、57~58ページ)

 それぞれの文脈に沿った意味などを詳しく記述することをしなくても、基本的な意味(上記の引用文で「辞書的意味」と述べているもの)が、いくつかに分かれる言葉もあります。用言などは、その言葉の意味をできるだけ詳しく述べようと考えますから、分類項目の数が多くなることもあります。けれども、その分け方は、それぞれの辞書の編集者の意図に任されることになります。
 「明石日常生活語辞典」で、「つく」という動詞を説明した例を、以下に引用します。

●つく【付く、着く】《動詞・カ行五段活用》 ①2つ以上のものの隙間がなくなる。ものとものとがぴったり寄り添うようになる。「ほーむ(ホーム)・に・ でんしゃ(電車)・が・ つい・た。」②ものが接合して、離れない状態になる。「て(手)・に・ すな(砂)・が・ つい・た。」③ものの表面に力が加わって、印や跡がそのまま残る。「かみ(髪)・に・ ねぐせ(寝癖)・が・ つい・とる。」④元のものに何かが加わる。「や(焼)い・たら・ こ(焦)げめ・が・ つい・た。」「ちょきん(貯金)・に・ りし(利子)・が・ つく。」「はら(払)う・ とき(時)・に・は・ しょーひぜー(消費税)・が・ つく。」⑤添っているようにする。「そば(傍)・に・ つい・て・ せわ(世話)・を・ する。」「こども・に・ つい・て・ でか(出掛)ける。」「びょーいん(病院)・で・ おや(親)・の・ そば(傍)・に・ つい・とる。」⑥それまでになかった技能・知識などが備わる。「だいく(大工)・の・ うでまえ(腕前)・が・ み(身)・に・ つい・た。」⑦体力・知力などが加わる。「うま(美味)い・ もん・を・ く(食)・て・ げんき(元気)・が・ つい・た。」⑧感覚として知る。「ちい(小)さい・ ごみ(塵)・が・ め(目)・に・ つい・た。」「わすれもん(忘物)・に・ き(気)・が・ つい・た。」⑨ものごとに結果や結論が出る。おさまりがつく。「あいつ(彼奴)・と・の・ はなし(話)・が・ つい・た。」⑩新しいものが生じたり、効果が現れたりする。「しんかんせん(新幹線)・が・ つい・た。」⑪草木が根をおろす。「う(植)えかえ・た・ まつ(松)・の・ き(木)・が・ つい・た。」⑫費用や値段がかかる。「ことし(今年)・の・ せーぼ(歳暮)・は・ たこ(高)ー・ つい・た。」⑬運が向く。「ぎりぎり・ でんしゃ(電車)・に・ ま(間)におー・て・ きょー(今日)・は・ あさ(朝)・から・ つい・とる・なー。」■他動詞は「つける【付ける、着ける】」
●つく【突く、撞く】《動詞・カ行五段活用》 ①尖ったものや棒の形のもので強く押す。「えんぴつ(鉛筆)・の・ さき(先)・で・ つく。」②ものに押し当てる。「はんこ(判子)・を・ つい・てもらう。」③細長い物を持って、支えにする。「つえ(杖)・を・ つい・て・ ある(歩)く。」④前の方に押す。押し上げる。「きゅー(急)な・ さか(坂)・やっ・た・ん・で・ じてんしゃ(自転車)・を・ お(降)り・て・ つい・て・ あ(上)がっ・た。」「りやかー(リヤカー)・を・ つい・ていく。」⑤当てて鳴らす。「ゆーがた(夕方)・に・ かね(鐘)・を・ つく。」◆④の場合、自転車を「つく【突く】」のは自転車の真横の位置で、リヤカーを「つく【突く】」のはリヤカーの後ろの位置からである。自転車の場合もリヤカーの場合も「おす」という言い方もできる。リヤカーの場合、人とリヤカーの位置が逆になると「りやかー・を・ ひ(引)ー・ていく。」(または、「ひっぱっ・ていく。」)ということになる。
●つく【着く】《動詞・カ行五段活用》 ①進んで行って、ある場所に達する。「む(向)こー・に・ つい・たら・ でんわ(電話)し・なはれ・よ。」「ふね(船)・で・ こーべ(神戸)・に・ つい・た。」②曲げたり伸ばしたりした結果、ある場所に届いて、触れる。「ゆび(指)・の・ さき(先)・が・ ち(地)・に・ つく。」
●つく【点く】《動詞・カ行五段活用》 ①灯心などに火が移ったり、電気器具のスイッチが入ったりして、明るくなる。「てーでん(停電)・が・ なお(直)っ・て・ でんき(電気)・が・ つい・た。」②炭や薪などが燃え始める。「れんたん(練炭)・が・ つい・た。」「き(木)・が・ しめ(湿)っ・とる・さかい・ ひ(火)・が・ つか・ん。」■他動詞は「つける【点ける】」〔①⇒とぼる【灯る】、ともる【灯る】〕
●つく【搗く】《動詞・カ行五段活用》 生または蒸した穀物などを杵などで強く打って、精白したり軟らかくしたり押しつぶしたり混ぜ合わせたりする。「しょんがつ(正月)・の・ もち(餅)・を・ つく。」
●つく《動詞・カ行五段活用》 言葉で相手に伝える。「でたらめな・ はなし(話)・を・ つき・やがっ・た。」「うそ(嘘)・を・ つか・ん・よーに・ し・なはれ。」◆望ましくないことを言うときに使うことが多い。〔⇒ゆう【言う】〕

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2019年11月14日 (木)

明石日常生活語辞典・追記(67)

訛りの言葉


 「明石日常生活語辞典」は、同じ言葉を、発音を違えて言う場合は、それをすべて取り上げて見出しにするようにしています。
 発音は厳密に言うと、ひとりひとりで異なるものですから、そのすべてをとりあげることは無理でしょうが、多くの人が認めている発音の違いについては、それを見出し語として取り上げるように努力をしました。
 「枕草子」を書いた清少納言は、言葉の訛りを好んでいませんでした。標準的な言葉遣いから離れないように心がけるべきだと考えていたようです。そのことについて述べた日本語学者の文章を引用します。


 清少納言は、訛りの入った言葉が特に嫌いです。「ふと心劣りとかするものは」(一八六段)では、発音を省略したり、訛ったりしているのを悪い例としてあげています。「言はんとす(=言おうと思う)」と言わなくてはならないのに「言はんずる」と縮めて発音したり、「ひとつ車」と言うべきところを「ひてつ車」と訛ったりすると、「もうそれだけでだめ!」と切り捨てています。現在に当てはめると、「うまい」と言わずに「うめー」と言ったり、「朝日(あさひ)」と言うべきところを「あさし」などと訛ったりすると許せないと言うわけ。確かに、と言いたくなりますね。でも、下品な言葉でも、悪い言葉でも、本人がそうだと心得た上で、わざと言ったりするのは認めています。そういう言葉の効果も心得ていて、柔軟です。
 (山口仲美、「日本語の古典」、岩波書店(岩波新書)、2011年1月20日発行、80ページ)

 清少納言の言葉遣いの好悪についての意見には納得しますが、古典の文章を読んでいますと、高等学校の教科書に出てくる文章でも、「言はんとす」と書くのが正統である箇所を「言はんずる」と書いているの出くわすことがあります。書き言葉でさえそのような状況なのですから、話し言葉ではもっと頻繁であったと思われます。
 何度も言いますが、方言は話し言葉の世界のものです。訛りや発音の省略はしばしば現れます。それらを、いちいち好ましくないとか醜いとか言っているとキリがありません。それらを現実の言葉の姿であると認めることから方言研究は始まると言うべきだろうと思います。
 一例を挙げます。「こども(子供)・に・ ほん(本)・を・ よ(読)ん・であげまし・た。」というときの文末「てあげます」は、「てあいます」「てあえます」「てやいます」「てやえます」と変化することがあります。
 「明石日常生活語辞典」の「てあげます」の項を引用します。

●てあげます〔であげます〕【て上げます】《補助動詞・サ行五段活用》[動詞の連用形に付く] 「してやる」ということをへりくだって言う言葉。して差し上げる。「おい(美味)しー・ みかん(蜜柑)・を・ おく(送)っ・てあげまし・てん。」◆接続助詞「て」に、動詞「あげる【上げる】」が続き、さらに丁寧の意の助動詞「ます」が続いて一語に熟した言葉である。けれども、丁寧語というよりはむしろ謙譲の気持ちが込められた言葉になっている。ただし、動物などを相手に使うこともあって、その場合は敬意は消えている。補助動詞としての用法は、必ず「てあげます」の形で使い、「あげます」だけの言い方はしない。〔⇒てあいます【(て上います)】、てあえます【(て上えます)】、てやいます【(て遣います)】、てやえます【(て遣えます)】〕

末尾の ⇒印 の後ろにあげた言葉は、この辞典で見出し語としてしている言葉ですが、話す人によっては、さらに発音が変化したり崩れたりすることもあるかもしれません。

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2019年11月13日 (水)

明石日常生活語辞典・追記(66)

うそだます


 言葉は、他の人の言い方を真似て使うということが多いと思います。私が小さい頃(小学生あたり)では、「うそ(嘘)をつく」という言い方は、あまりしていなかったように思います。「こそをこく」というのは大人が使っていたように思います。
 子どもたちにとっては、それが本当なのか、本当でないのかということは大問題です。嘘をつかれたなら、大声で抗議をしたくなります。そんな時に、子どもたちが使っていたのは「うそだます」という言葉でした。お金をごまかすことなどは、子どもにとっては大変な出来事です。遊んでいてルールにそぐわない不正なことをするのも非難の対象になります。そんなときに使う言葉が「うそだます」です。
 大学入学共通テストで活用予定だった英語の民間試験について、2020年度からの導入を見送るという発表が、唐突に行われました。「身の丈」発言と無関係ではありません。受験予定の人たちにとっては、本当に「うそだまされた」という気持ちが強いはずです。
 「うそ(嘘)」という言葉と「だま(騙)す」という言葉では、意味が重なりますが、この言葉を使っていました。強調する意図があったかどうかは、わかりません。
 動詞の働きをしているのは「だます」ですから、動詞の前に「うそ」という言葉を置いただけであるのかもしれません。
 この言葉は、子どもたちだけでなく大人も使っていたように思います。現在でも使っている人はあるでしょうし、その言葉を聞いても違和感はありません。けれども、その言い方はしだいに減ってきているように感じられます。
これと同じような、意味が重なるような動詞は、他にはちょっと見当たらないように思います。
 「明石日常生活語辞典」の「うそだます」の項目を引用しておきます。

●うそだます【嘘騙す】《動詞・サ行五段活用》 本当でないことを言う。相手が本当であると信じるようなことを言う。「うそだまし・たら・ みんな・が・ しんよー(信用)し・てくれ・へん・で。」◆「うそ(を・つく)」と「だます」という同義の言葉を重ねて表現して、強調している。■名詞化=うそだまし【嘘騙し】〔⇒うそ(を)つく【嘘(を)つく】、うそ(を)こく【嘘(を)こく】〕

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2019年11月12日 (火)

明石日常生活語辞典・追記(65)

読んどく、読まんとく


 「この・ ほん(本)・を・ あした(明日)・まで・に・ よ(読)ん・どく。」の、「よんどく」の部分は、動詞「よむ」と助動詞「とく(どく)」が合わさってできています。
 「おもろ(面白)・ない・さかい・ この・ はなし(話)・は・ よ(読)ま・んとく。」の「よまんとく」の部分は、動詞「よむ」と助動詞「んとく」が合わさっています。「んとく」は、助動詞「ん」と助動詞「とく」に分けることもできます。
 「とく」という助動詞は、何かにそなえて予め何かをするという意味や、きちんと何かをするという意味を表す言葉です。意志の気持ちが加わった言葉です。
 ところが、他人が発する言葉に「とく」が使われますと、命令の意味になります。「いちじかん(一時間)・で・ しあ(仕上)げ・とけ。」と言われれば、それに従わなければなりません。
 「んとく」という助動詞は、そういうことをしないでおくという意味を表します。これも意志が表現されています。「とく」と同じように、「き(気)・に・ い(入)ら・ん・の・やっ・たら・ い(行)か・んとけ。」と命じることもあります。
 「明石日常生活語辞典」では、辞典の引きやすさを考えて、「とく」という項目の他に、「んとく」という項目も作っています。「んとく」は、「ん」「とく」の2語でも引けますが、「んとく」の1語でも引けるようにしているのです。この辞典の「とく」と「んとく」の項目を引用します。

●とく〔どく〕《助動詞》 何かにそなえてあらかじめ何かをするという意味を表す言葉。きちんと何かをするという意味を表す言葉。「れんしゅー(練習)・で・ まいあさ(毎朝)・ はし(走)っ・とく・ こと・に・ する。」「まえ(前)もって・ よ(読)ん・どか・んと・ しっぱい(失敗)する・ぞ。」「おかね(金)・を・ た(貯)め・とき・なはれ。」「しっかり・ よー・ き(聞)ー・とけ。」

●んとく《助動詞》 しないでおくという意志を表す言葉。「おもろ(面白)ない・みたいや・さかい・ あの・ えーが(映画)・は・ み(見)・んとく・ねん。」

 言うまでもないことですが、「読んどく」の「ん」は動詞の連用形の撥音便です。「読まんとく」の「ん」は打ち消しの意味を持つ言葉で、古語では「ぬ」にあたる言葉です。

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2019年11月11日 (月)

明石日常生活語辞典・追記(64)

ふみちゃんこ、きっちゃんちゃんこ


 「ちゃんこ」という言葉を国語辞典で引くと、相撲部屋独特の鍋料理という説明が書かれています。大鍋に魚介、肉などのぶつ切りと野菜を入れて、水炊きのようにしたり煮込んだりしたもののことです。言葉の由来について、その料理の番をする人のことを「ちゃん」と呼んだことから、という説明があります。
 さて、私たちの地域の方言で「ちゃんこ」という言葉は、すこしイメージが異なります。乱暴とか乱雑というような印象が伴う言葉です。「ちゃんこ」だけで使われることはありませんが、例えば、「ふみちゃんこ」とか「きっちゃんちゃんこ」とかという形で使われます。「ほん(本)・を・ ふみちゃんこに・ し・たら・ あか・ん・やろ。」「きょー(今日)・の・ しんぶん(新聞)・を・ き(切)っちゃんちゃんこに・ し・ても・とる。」などと言います。
 「明石日常生活語辞典」に書いている、この2語の説明を引用します。

●ふみちゃんこ【踏みちゃんこ】《形容動詞や(ノ)、動詞する》 やたらに踏みにじっている様子。繰り返して何度も踏みつける様子。「いぬ(犬)・が・ きれー(綺麗)な・ はな(花)・を・ ふみちゃんこに・ し・とる。」

●きっちゃんちゃんこ【切っちゃんちゃんこ】《形容動詞や(ノ)》 ①ものを細かく切り刻んだ様子。「きゃべつ(キャベツ)・を・ きっちゃんちゃんこに・ し・て・ いた(炒)める。」②ものを秩序なく切ってしまっている様子。「だいじ(大事)な・ かみ(紙)・を・ こども(子供)・が・ きっちゃっちゃんこに・ し・ても・て・ あそ(遊)ん・どる。」

 「ちゃんこ」を使う言葉は多くはおりませんが、時には、例えば次のような表現を聞くこともあります。「りょーはし(両端)・を・ つな(繋)げちゃんこに・ し・たら・ あか・ん。 はな(放)し・とけ。」

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2019年11月10日 (日)

明石日常生活語辞典・追記(63)

たったひとりの、たったひとつの


 「明石日常生活語辞典」はどんな言葉を集めたものかという質問があります。質問をされなくても、辞典の言葉の収集範囲について、疑問を持っておられる方があるかもしれません。今回は、それに関する話題です。


 10月6日に、プロ野球投手であった金田正一さんが死去しました。そのニュースの記事の見出しが次のようになっていました。

 金田正一さん死去 / 86歳 唯一の400勝投手
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年10月7日・朝刊、14版◎、1ページ、見出し)

 「唯一」とは、ただひとつであること、という意味です。「唯一無二」とか「唯一の方法」とかの使い方をします。「唯一の人」という使い方はするでしょうか。「唯一」は物を表す言葉であって、人を表す言葉ではないように思います。「400勝投手」というのを物扱いするのなら成り立つ言葉遣いです。
 話し言葉では、「唯一」という言葉を使うことは少ないだろうと思います。物ならば「たったひとつの」と言い、人ならば「たったひとりの」と言うだろうと思います。
 新聞社が、そんな長ったらしい見出しは書けない、と反論することは十分承知しています。言葉を短くするために、本来の言葉遣いのやり方をぶち壊しているのが新聞の見出しですから、私はそんな言い訳をを受け入れるつもりはありません。

 さて、「明石日常生活語辞典」は話し言葉の辞典です。漢字熟語である「政治」や「経済」や、「学校」や「鉄道」などという言葉を使わないで日常生活を営むことはむずかしいでしょうが、「唯一」などという堅苦しい言葉は使わなくても、他の言い方ができます。日常生活の言葉としては、漢字熟語をできるだけ少なくしています。話し言葉ですから、少しぐらい長い言葉遣いになってもよいのです。同音異義の多い漢字熟語を使わないようにしています。
 学校教育などで教えられなくても、それぐらいのことは誰でもわかります。そのような、知らず知らずの間に身に付けて、日常生活で使っている言葉を集めた辞典です。何度も書きますが、俚言も使い、関西共通語も使い、全国共通語も使っているのですが、むずかしい漢語などはできるだけ使わないのが、日常生活の言葉です。
 参考までに、「明石日常生活語辞典」の「たった」の説明を引用しておきます。

●たった《副詞の》 ①それだけをとりたてて限定する言葉。「たった・ それ・だけ・の・ こと・や・のに・ ごっつー・ おこ(怒)ら・れ・た。」②予想や期待に反して、ほんの僅かの数量である様子。「いちにち(一日)・ はたら(働)い・て・ たったの・ ごせんえん(五千円)・しか・ くれ・へん。」③時刻の上で、わずかの違いである様子。「たった・ いま(今)・ でんしゃ(電車)・が・ で(出)・ても・た・ とこ・です。」「あいつ・が・ い(去)ん・だ・ん・は・ たった・ さっき・や。」〔①⇒ただ【唯】〕

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2019年11月 9日 (土)

明石日常生活語辞典・追記(62)

ぶんか(文化)

 

 

 11月3日は文化の日でした。「〇〇の日」というとそれに関することが取り上げられることが多いのですが、文化の日は例外であるのかもしれません。
 その日のA新聞の1面では、台風19号で決壊した河川のうち浸水想定区域図が作られていたのは半数であったということ、京都アニメーションのお別れ式典のこと、ラグビーのワールドカップで南アフリカが優勝したこと、の3つが報じられていました。社説は五輪マラソンが札幌になったことを取り上げていました。スポーツ偏重、文化軽視は、文化の日にも顕著でした。
 さて、日常生活で「文化」という言葉を聞くことは、ほとんどありません。使う人は使うでしょうが、使わない人はまったく使いません。日常の話し言葉では、そのような抽象的な言葉を使うよりは、音楽、絵、歌舞伎、映画、小説、短歌……などと具体的に分けて使うことが多いからです。文化とはどの範囲を指す言葉なのか、よくわからないままに使うことはしないのが、人々の意識です。抽象度の高い「文化」という言葉は、日常の言葉と言えるのでしょうか。
 「明石日常生活語辞典」では、祭日の一つである「ぶんかのひ」は見出しにしましたが、「ぶんか」は見出しにしませんでした。「あした(明日)・は・ ぶんかのひ・で・ やす(休)み・や。」と喜ぶことはしますが、「むら(村)・の・ よりあい(寄合)・で・ ぶんか・の・ こと・を・ そーだん(相談)する。」などということは、ほとんどあり得ないことです。
 参考までに、「明石日常生活語辞典」の「ぶんかのひ」の説明を引用します。

 

●ぶんかのひ〔ぶんかのひー〕【文化の日】《名詞》 国民の祝日の一つで11月3日に設定されており、自由と平和を愛し文化を推進する日。「ぶんかのひ・の・ やす(休)み・は・ きく(菊)・を・ み(見)ー・に・ い(行)こ・か。」◆戦前は「めいじせつ【明治節】」と言われた日で、現行憲法の公布の日でもある。

 

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2019年11月 8日 (金)

明石日常生活語辞典・追記(61)

にっしゃかし(西明石)、つっちゃま(土山)

 11月7日、山陽電気鉄道の明石駅で、大阪梅田発・姫路行きの直通特急の電車がパンタグラフを損傷して落下させる事故を起こして、全国ニュースになりました。
 その明石駅の西隣の駅は西新町駅で、さらにその西隣が林崎松江海岸駅です。西新町は「にっしんまち」と発音することが多く、林崎も「はやっさき」と発音することが多い地名です。「にししんまち」や「はやしさき」の「し」(イ音)を促音便にしているのです。
 一方、JRの西明石駅(新幹線・在来線併設)は「にっしゃかし」と発音されることがあり、山陽本線の土山駅(明石市最西端の駅)は「つっちゃま」と発音されることがあります。土山駅前には「つっちゃまのパン屋」という看板を掲げた店もあります。
 「にっしゃかし」や「つっちゃま」というような発音は、関西では広く行われています。「ふくっちゃま」(福知山)、「いっしゃま」(石山)、「あっしゃ」(芦屋)などがあります。この発音には、もちろん一定の法則があります。
 ひとつの単語のうち、2拍目より後ろにイ段かウ段の音があり、その次に母音「ア・イ・ウ・エ・オ」や、ヤ行の「ヤ・ユ・ヨ」や、ワ行の「ワ」がくる場合に起こるのです。2拍の発音が結びついて「キャ・キュ・キョ」などの拗音の1拍となって、減った1拍を「ン」という撥音、または「ッ」という促音で補うことをしているのです。
 地名を話題にしましたが、普通の名詞でも同様です。日曜日を「にっちょーび」と言います。名詞に限りません。「はなび(花火)・を・ うっちゃげる。」というのは「打ち上げる」の発音が変化したものです。
 「明石日常生活語辞典」では、このような言葉も見出しにしています。その例を引用します。

●うっちゃがる【(打ち上がる)】《動詞・ラ行五段活用》 ①波によってものが海岸に運び上げられる。「たいふー(台風)・の・ あと(後)・に・は・ ごみ(塵)・が・ いっぱい・ うっちゃがっ・とる。」「かいがら(貝殻)・が・ うっちゃがる。」②打たれて空高く飛ぶ。「ろけっと(ロケット)・が・ うっちゃがっ・た。」■他動詞は「うっちゃげる【(打ち上げる)】」〔⇒うちあがる【打ち上がる】、うちゃがる【(打ち上がる)】〕
●うっちゃげ【(打っち上げ)】《名詞》 ①ものを空高く上げること。「じんこーえーせー(人工衛星)・の・ うっちゃげ・は・ あした(明日)・に・ の(延)び・た。」②ものごとを終わること。「きょー(今日)・は・ このへん・で・ うっちゃげ・に・ しよ・ー。」〔⇒うちあげ【打ち上げ】〕
●うっちゃげる【(打ち上げる)】《動詞・ガ行下一段活用》 ①波がものを海岸に運び上げる。「たか(高)い・ なみ(波)・が・ かいそー(海藻)・を・ いっぱい・ うっちゃげ・とる。」②打って空高く飛ばす。「はなび(花火)・を・ うっちゃげる。」■自動詞は「うっちゃがる【(打ち上がる)】」■名詞化=うっちゃげ【(打ち上げ)】〔⇒うちあげる【打ち上げる】、うちゃげる【(打ち上げる)】〕
●うっちゃわす【(打っち合わす)】《動詞・サ行五段活用》 ものごとの方針や手順や方向性などを、前もって相談する。「かいぎ(会議)・の・ すす(進)めかた・を・ うっちゃわし・とく。」〔⇒うちあわす【打ち合わす】、うちあわせる【打ち合わせる】、うっちゃわせる【(打っち合わせる)】〕
●うっちゃわせ【(打っち合わせ)】《名詞、動詞する》 ものごとの方針や手順や方向性などを、前もって相談すること。また、その話し合い。「あした(明日)・の・ しごと(仕事)・の・ うっちゃわせ・を・ す(済)ます。」〔⇒うちあわせ【打ち合わせ】〕
●うっちゃわせる【(打っち合わせる)】《動詞・サ行下一段活用》 ものごとの方針や手順や方向性などを、前もって相談する。「しごと(仕事)・の・ ぶんたん(分担)・を・ うっちゃわせる。」■名詞化=うっちゃわせ【(打っち合わせ)】〔⇒うちあわす【打ち合わす】、うちあわせる【打ち合わせる】、うっちゃわす【(打っち合わす)】〕

 私は「ゆきお(幸男)」という名前です。近所では、小さい頃から「ゆっきょちゃん」と呼ばれておりました。今でも、幼なじみが「ゆっきょちゃん」と呼んでくれると、嬉しくなります。

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2019年11月 7日 (木)

明石日常生活語辞典・追記(60)

なんやかや

 

 

 「なんやかや」という言葉は、漢字で書くと「何や彼や」であって、共通語と言って差し支えないでしょう。けれども、この言葉を載せていない国語辞典もあります。
 『明鏡国語辞典』には、《連語》として、「あれやこれや。いろいろ。」という意味が書かれています。「何・や・彼・や」の4語から成り立っていますから連語であることは確かです。
 元の言葉に忠実であるとすれば、例えば「てのひら(掌)」という語は、「手・の・平」という3語からできていますから、もともとは連語です。けれども今では「てのひら」は1語の名詞です。
同じように、言葉の働きの上から判断すれば、「なんやかや」を1語と判断して、副詞としても差し支えないだろうと思います。「明石日常生活語辞典」では、少し長い言葉でも、1語であると判断した言葉がたくさんあります。
 ところで、その「なんやかや」という言葉は、ちょっと違った言葉遣いになったり、発音が異なったりすることがあります。方言は話し言葉の世界のものですから、当然です。
 「明石日常生活語辞典」の「なんやかや」の項目を引用します。

 

 

●なんやかや【何や彼や】《副詞と》 一つのことに限らず、いろいろな事柄や内容にわたっている様子を表す言葉。さまざまなものが混じって存在していることを表す言葉。「これから・ なんやかや・ おせ(教)・てください・な。」「なんやかや・ わから・ん・ こと・が・ ぎょーさん(仰山)・ ある。」「なんやかやと・ しゅくだい(宿題)・を・ いっぱい(一杯)・ だ(出)さ・れ・た。」〔⇒なんやか【何やか】、なんやかい【何やかい】、なんやかし【何や彼し】、なんやらかやら【何やら彼やら】、なんやらかんやら【(何やら彼やら)】、なんたらかんたら【何たらかんたら】、なんちゃらかんちゃら【何ちゃらかんちゃら】、なんじゃらかんじゃら【(何じゃら彼じゃら)】、なんかかんか【(何か彼か)】〕

 

 末尾に、いろいろな言葉を並べています。同じような意味で使われる言葉です。共通語として使われている言葉もあるでしょうし、方言(俚言)特有の言葉もあるでしょう。どちらに入れるべきか、微妙な言葉もあるでしょう。その「微妙な」ということこそ、方言の世界の特徴です。
 話し言葉の世界を中心にして拾い上げた国語辞典には載せられていない言葉もあるでしょう。「明石日常生活語辞典」は話し言葉の辞典ですから、言葉遣いがちょっと変わったり、発音が変化したりしている言葉も、記録するように努めました。もっと違った形で使われている言葉もあるかもしれません。
 末尾に並べた言葉は、すべて見出し語としていますから、それぞれの項目を開いてみていただけば、それぞれの言葉の用例も並べています。

 

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2019年11月 6日 (水)

明石日常生活語辞典・追記(59)

じゅうにんがつ


 「二」という漢字は、音読では「に」と読み、訓読では「ふた(つ)」と読みます。けれども、NHKのニュースなどでは、例えば「2.4」という数字を、「に・てん・よん」ではなく「にい・てん・よん」と読んでいるように聞こえます。「に・てん・よん」よりも「にい・てん・よん」の方が、聞いている人に伝わりやすいと考えるからでしょう。
 共通語では長音ではないのに、方言では長音となるということの代表的な例は、関西方言の1音の言葉の長音化でしょう。「ごみ(塵)・が・ め(目)ー・に・ はい(入)っ・た。」とか、「おも(重)たい・ もん(物)・を・ も(持)っ・て・ て(手)ー・が・ しび(痺)れ・た。」などと言います。「二」を「にい」と言うのも、これと同じです。
 ところで、「二」を「にー」ではなくて、別の発音で2音節にすることが、私の地域では行われています。
 「一月、二月、三月、四月…」を、「いちがつ、にんがつ、さんがつ、しんがつ…」とも言うのです。「がつ」の前の発音を2音節に揃えようという意識がはたらいているのでしょうが、「にーがつ」や「しーがつ」では間延びした感じになりますから、撥音を使っているのでしょう。「五月」は「ごんがつ」と言わないわけではありませんが、「ごーがつ」となることの方が多いように思われます。「九月」も「くーがつ」です。ところが、「十二月」は「二月」に引かれて、「じゅーにんがつ」となります。
 「明石日常生活語辞典」の「じゅうにんがつ」の項目を引用しておきます。


●じゅうにんがつ〔じゅーにんがつ〕【十二ん月】《名詞》 1年の12か月のうちの最後の月。「あっと・ ゆ(言)ー・ ま(間)・に・ じゅーにんがつ・に・ なっ・てまい・まし・た・な。」◆「に【二】」という一音節語を延ばして発音するときに、「じゅーにーがつ」でなく、「じゅーにんがつ」となることがある。「にがつ【二月】」も「にんがつ」と言うことがある。〔⇒じゅうにがつ【十二月】〕

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2019年11月 5日 (火)

明石日常生活語辞典・追記(58)

無形の文化財にも目を向けて

 

 

 10月31日に沖縄の首里城が全焼してしまいました。8年ほど前に首里城や各地の城(ぐすく)を訪れて琉球文化に接しましたので、たいそう驚きました。首里城の世界遺産の対象は遺構の部分だと言いますが、立派な建築が灰燼に帰したことは残念な思いです。
 さて、神戸新聞の依頼を受けて短文を書きましたが、それがオピニオンのページに掲載されました。11月3日付です。その文章を紹介します。無形の文化財である方言についての文章です。

 

 

 文化財には、目に見えるものと、目に見えないものとがあります。言葉や民俗(風俗、習慣、伝承など)には、目に見えないものがたくさんあります。見えないから価値が乏しいというわけではありません。
 けれども、文化財行政は、もっぱら有形文化財や埋蔵文化財に目が注がれているようです。
 例えば埋蔵文化財の場合は、発掘作業から報告書の作成まで、学芸員が携わり、多額の公的予算が使われているようです。それに対して、地域の言葉や伝承などの調査は眼中にありません。
 私は、文化庁が全都道府県で行った各地方言収集緊急調査の、兵庫県の調査員(5人)のひとりとして携わりました。兵庫県の調査は1983年から3年間にわたって実施されました。この調査の後は、国や県が携わる大規模な調査はありませんでした。ここ何十年の間、兵庫県は、地域の言葉の調査に予算をまったく計上していないように思います。
 私はこのたび「明石日常生活語辞典」をまとめました。俚言・関西共通語・全国共通語をふくめて、日常生活で使う言葉を集録したものです。数十年かけてやっと刊行にこぎつけました。調査の費用から刊行費まで、すべて個人の負担です。
 この五十年ほどの間、私は地域の言葉を見つめ続けてきました。語彙(単語)だけでなく、音韻(発音)、語法(文法)、アクセントまで、言葉はゆっくりと変化し続けています。変化は刻々とは見えませんが、何十年かの間隔を置いて眺めると、その変化の様子に驚きます。
 そして、それを記録していない怠慢を、私たちは反省すべきであると思うのです。目に見える文化や、古い文化を重視して、そればかりを大切に考えている文化財行政が見落とし続けていることなのです。
 地域の言葉の調査や記録にも、行政は注目して、力を注ぐべきでしょう。予算と言っても、埋蔵文化財に注ぎ込む予算に比べると僅かでよいのです。それをしてこなかった反省が必要です。
 博物館のような施設についても同様のことが言えます。全国には美術館、歴史博物館、考古学博物館などがたくさんあります。図書館には埋蔵文化財の報告書がぎっしりと並んでいます。
 それに比べて、言葉や民俗についての報告書はわずかしかありません。そんな現状を見つめて、言葉や民俗についての博物館(または資料館)を、兵庫県が全国に先がけて設置していただければ嬉しいと思います。
 学芸員の人数についても、歴史や埋蔵文化財の専門の方は多くおられると思いますが、方言や民俗についての専門の方は少ないのではないかと思います。
 国の文化財保護法に基づくことを行うことだけが、地方自治体の文化財行政のすべてではないと思うのです。

 

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2019年11月 4日 (月)

明石日常生活語辞典・追記(57)

あだける、ぽーい、うかめる

 「明石方言番付」についての神戸新聞明石版のニュース記事は、藤井伸哉記者がお書きになりました。全体が明石の言葉で書かれているのですが、違和感がある表現箇所がないわけではありません。
 その理由は明確です。方言とは話し言葉の世界のものです。それを書き言葉で表したときには、よほどの場合を除いて、違和感が伴います。話し言葉の発音や長音の状態をきちんと表し得ない場合があるからです。
 番付は、一番下の欄が番外編になっていて、明石浜言葉というのが載っています。漁師さんや魚屋さんなどが使う言葉です。いわば、限られた世界の隠語のようなものです。その中に「ぽーい」という言葉があります。遠いとか、遠くの場所とかの意味だそうです。記事には「今年、明石市が市制施行100周年になるし、ずっーと明石に住んでる人も、ぽーいから引っ越してきた人にも、次の100年に向けて残したいなぁと思ったらしいわ。」という文があります。その意味をさっと理解できる人は少ないだろうと思います。
 記事には、「ほんでも、会のメンバーも聞いたことない方言もあったわ。『あだける』とか、浜言葉の『ぼうずり』とか。でも、『誰もが知ってる言葉ばっかりでもおもしろない』から、けったいな方言も入れとーねん。」という表現もあります。
 「あだける」は市民の方々から寄せられた言葉の中にありましたから、明石市内で使う人もあるのですが、会のメンバーの誰もが使わない言葉であったのでしょう。「あだける」は意外に広い地域で使われている言葉です。明石市内で使う人もおれば、知らない人もいると言うことです。方言には、このような現象はしばしば起こります。
 番付の中に「うかめる」という言葉があります。共通語訳を「すます」としています。けれども、私自身の感覚では、ちょっと語感が異なります。意味が大きく異ならなくても、なんとなく感じが違うということもあるのです。その言葉を日常的に使うことがなく、時折しか現れない言葉の中にはそのようなこともあって、しだいにひとりひとりの語感が違ってしまうということもあるのです。
 話し言葉の言い方ということにこだわって、新聞記事の表現に注文をつけるとすれば、助動詞の使い方です。「ずっーと明石に住んでる人」というのは、どちらかと言うと共通語的です。動作・状態の継続を表す言葉は、明石では「とる(どる)」を使います。「住んでる」よりも「住んどる」の方が自然でしょう。

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2019年11月 3日 (日)

明石日常生活語辞典・追記(56)

明石方言番付の完成


 この連載でも取り上げたことのある「明石方言番付」が完成しました。神戸新聞は11月2日の明石版のページで、ニュースとして報道してくれました。これは商店街の方々が中心になってお作りになって、監修として私の名前を書いていただいていますが、時々、意見を申し述べただけの関わりです。
 方言番付は各地で作られていますが、このようなものが作られると、それを見た人からいろいろな意見が寄せられるようです。
 たぶん最も大きな異論は、いくつかの近接地の番付があるとすれば、明石方言番付と神戸方言番付と姫路方言番付に同じ言葉が載っているのはおかしい、という意見です。あるいは、明石だけで使っている言葉はどれなのだという質問です。
 残念ながら、交通が発達し、明石から姫路、神戸はもちろん、大阪、京都へ通勤している人もいるような時代に、明石特有の言葉だけで番付表などはできるはずはありません。明石市という行政区画で、言葉を区切ることなどは不可能です。
 したがって、現在の明石で、ごく普通に使われている方言(俚言)の中から選んで、方言色の強いものを番付にしたというに過ぎないと思います。
 もう一つの異論は、長い間地元に住んでいるのに、明石方言番付に載っている言葉のうちに知らない言葉があるとか、知っているのに載っていない言葉がある、という意見です。
 家族や兄弟でも言葉に対する感覚は違います。よく使う言葉とそうでない言葉の差もあります。方言は、突き詰めて考えると、個人差にまでたどり着きます。ずっと明石に住んでいる人であっても、その差はあります。
 方言番付は、それを編集した人の意見が反映されて作られているのであって、それを見た人がいろいろな意見を持つことは当然であると思います。どんな言葉を横綱・大関などの位置に持ってくるのかということも、いろんな考えがあることでしょう。
 この番付は、今後、配付されたり、張り出されたりすることになるのでしょう。方言番付というものは一種の遊びであると考えて、それを楽しんだらよいと思います。けれども、それによって言葉に関心を寄せて、様々な意見が述べられることは嬉しいことであると思います。
 私が「明石日常生活語辞典」を刊行した時期と、明石方言番付が作られた時期とがほぼ同時になって、地元の方々が言葉に興味・関心を深めていただいたら嬉しいと思っています。

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2019年11月 2日 (土)

明石日常生活語辞典・追記(55)

じょうしき


 「じょうしき」と言っても、常識のことではありません。常に、という意味です。途絶えることなく続いている様子を表す副詞です。形容動詞のように活用させてもおかしくないように思います。
 しょっちゅうとか、常時とか、始終とか言えば全国共通語ですが、「じょうしき」はそうではないようです。
 「いつも」というのも共通語ですが、その「いつも」の変化した形もあります。「いっつも」あたりは共通語でも言うでしょうが、「いつもかも」となると方言色が濃くなってきます。そしてそれが「いっつもかっつも」に発展していくのです。
 「明石日常生活語辞典」では、よく似た発音であっても、ちょっと異なった形が現れると、別の見出しを作りました。いろいろな発音の形から辞典を引くことができるようにしようと考えたからです。
 「いつもかつも」「いっつもかも」という形も、ときには現れるかもしれませんが、それは見出しにしていません。それを見出しにするか否かということは、きちんとした理屈(法則)を作ることはできません。よく現れるか否かということぐらいで、線引きをしているとしか言いようがありません
 「じょうしき」という言葉には、発音や訛りの変化は現れません。「明石日常生活語辞典」の「じょうしき」の項目を引用しておきます。


●じょうしき〔じょーしき〕【常しき】《副詞》 途絶えることなく続いている様子。常に。「じょーしき・ はし(走)っ・て・ からだ(体)・を・ きた(鍛)え・とる。」「あいつ(彼奴)・が・ だま(黙)っ・て・ けっせき(欠席)する・の・は・ じょーしきや。」「いえ(家)・に・ おっ・ても・ どこ・ぞ・へ・ い(行)っ・ても・ じょーしき・ え(絵)ー・を・ か(描)い・とり・ます・ねん。」〔⇒じょうじ【常時】、しょっちゅう、しじゅう【始終】、いつも【何時も】、いっつも【(何時も)】、いっつもかっつも【(何時もかっつも)】、いつもかも【何時もかも】〕

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2019年11月 1日 (金)

明石日常生活語辞典・追記(54)

つくる


 11月1日は、明石市の市制施行100周年の式典が行われる日です。
 私は「明石日常生活語辞典」の後書きで、「政治・経済・文化などの1世紀の歩みを記録しておくことは重要なことですが、明石市はこの節目の年に市史のようなものを出版しないようです。市政などの公的な記録も大事でしょうが、民俗・言葉などの市民レベルの生活の記録も重要です。ぜひ取り組んでいただきたいと思います。」と書きました。
 全国で発行されている市史の中には、方言や民俗(風俗、習慣、伝承など)をきちんと記録しているものが、たくさんあります。明石市も市史を作ることになるのならば、そのようなことにも取り組んでほしいと思っています。

 さて、「つくる」という言葉を、私たちはしょっちゅう使っています。けれども、こんな場合にも「つくる」という言葉を使ってよいのだろうかと思う場合があります。
 私たちの地域に江井島まちづくり協議会という組織があります。以前は別の名称を使っていたのですが、明石市が、各地域にある組織を「まちづくり協議会」という名称にするように勧めたようです。改称されました。
 町(街)を作る、というのは、これまでなかったところに町(街)を作り上げるような印象を持ちます。宅地開発によるところは「まちづくり」と言ってもよいかもしれません。明石市にもそのような地域はあります。
 けれども、何百年も前から人々が住んで集落ができているような地域で、「まちづくり」と言われても、しっくりしません。まるで、これまでの集落に問題があるから、壊して再生せよと言われているような感じです。
 「つく(作)る」という言葉は、もともと、街やダムや高速道路を作るというように使われてきた言葉ではないような気がしています。昔の人たちも、堀割(用水)を作ったり、大きな池を作ったりしてきました。けれども、それらは、「堀を ほ(掘)る」とか「池を ほる」とか言ってきたのではないでしょうか。何でもかでも「つくる」とは言ってこなかったのではないかと思います。
 「つくる」は、どちらかと言えば、小さなものを「形のあるものにする」という意味や、「手を加えて、もとと違ったものにする」という意味が主であるように思います。「それまでになかったものを新たに生み出す」という意味で、街やダムや高速道路にも使われるようになりましたが、その意味に沿えば、「まちづくり」は、無から有にするとか、根本から作り替えるという意味が強くなってしまうように思うのです。
 「明石日常生活語辞典」の「つくる」の項目を引用しておきます。


●つくる【作る、造る】《動詞・ラ行五段活用》 ①形のあるものにする。役立つものに仕上げる。「ほんたて(本立)・を・ つくる。」「しんせーしょ(申請書)・を・ つくっ・て・ だ(出)す。」②手を加えて、もとと違ったものにする。準備をする。「あさごはん(朝御飯)・を・ つくる。」③それまでになかったものを、新たに生み出す。「かいしゃ(会社)・を・ つくる。」「こーそくどーろ(高速道路)・を・ つくる。」④植物などを育てる。農作物を栽培して生産する。「きく(菊)・を・ つくっ・て・ う(売)る。」「あんたとこ・は・ なんたん(何反)・ つくっ・とっ・てや・ねん。」◆④は、「たんぼつくる【田圃作る】」「はたけつくる【畑作る】」とも言う。■名詞化=つくり【作り、造り】〔①②③⇒こしらえる【拵える】、こっさえる【(拵える)】、こさえる【(拵える)】〕

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