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2020年2月10日 (月)

生きる折々(41)

熱心な受講者に支えられた文学講座


 私は10年ほど前から、一般市民向けの古典文学講座を担当して、月に1回ずつ講義をしています。1年間(12回)で1作品を読むのですが、作品は受講される方々の希望に沿って選びます。それを選ぶ段階では、うまく講義ができる作品に決まるかどうか、ちょっと緊張するのですが、選ばれた作品を拒否(辞退)することなく続けてこられました。たぶん、受講者がお選びになる作品が、私の能力を大きく超えないものであったのでしょう。
 これまでに読んできたのは、万葉集、播磨国風土記、源氏物語、枕草子、大鏡、宇治拾遺物語、徒然草、方丈記、雨月物語、奥の細道です。これらの作品の中で、1年間で全編を読み通せたのは、播磨国風土記、方丈記、奥の細道です。他の作品は、その一部を選んで読み進めました。
 万葉集はずっと以前に、兵庫県内が詠まれた作品に限って読んだのですが、今年度は全体から選んで読み進めています。
 この講座は、もとは兵庫県学校厚生会という団体が開催していました。いろいろな講座を学校厚生会の建物の中で開いていました。その建物の老朽化に伴って取り壊すことになり、講座をすべて廃止することになったのです。
 廃止が決まったときに、文学講座を続けてほしいという声が強く出て、自主運営で継続しようということになりました。神戸新聞明石総局の小さな部屋を借りて、講座を継続することになったのです。自主運営になってからも7年ほどが経ったと思います。
 もともとは学校厚生会の大きな部屋を使っていましたから、多いときは30人を超えていたように思います。自主運営になるときに、人数がかなり減りました。今は最大でも十数人しか着席できない部屋です。
 実は、新たな受講者が加わっていただくことは稀です。顔ぶれは10年ほど前からの受講者のままで、体調がよくないので受講できなくなったとおっしゃる方が減っていったのです。減ることはあっても増えることは珍しいのです。それでも現在、10人を超えていますから、4月からの新年度も続けようということになっています。
 私は大学で10年間ほど講義をしました。大学は、教員を目指す者を対象にした講義が大半でしたから、不真面目な学生はほとんどいませんでした。
 けれども、この古典文学講座を受講していただいている方々の熱心さには頭が下がります。月に1回、話を聞くためにおいでになることが、ひとつの生活のアクセントのようになっているようにも思われます。
 実は私も高齢者の一人ですが、この講座を続けることができるのは嬉しいことなのです。毎月、開催日の1週間ほど前から、配付資料を作って、講座の準備をすることは、私にとっても生活のリズムを作ってくれているように感じています。

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