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2020年2月 4日 (火)

生きる折々(35)

首都圏の大学を減らそう


 私が大学を受験したのは1961年(昭和36年)のことですが、その時、何かの新聞記事にあった見出しの文字が印象に残っています。「大学に行ける者は10人に1人もいない」という言葉です。これは、その当時の、例えば18歳人口と、大学の入学定員とを比べて計算した数字であったのでしょう。大学の数も少なくて、進学するのは簡単ではない時代でした。勉学費用を捻出するための経済的な苦しみもありました。
 旧制中学校の伝統を引き継いだ(新制)高等学校であっても、高等学校を卒業して就職した人もたくさんいた時代です。もちろん(新制)中学校を卒業して就職した同級生も大勢いました。中学校卒業で、大企業に就職することも珍しくなく、社内に職業人を育てる学校を持っていた会社もありました。年若くして社会の荒波にもまれていった状況は、現在の若者とは違っていたと思います。
 あれからほぼ60年経って、2世代の後、孫の時代になりました。2020年の大学の入学定員と、受験人口の数字が報道されていました。受験人口70万2000人、大学入学定員69万3000人だそうです。希望すれば誰もが大学に入れます。若者の学歴が高くなるのは良いことでしょうが、学ぶ意欲や学力のある者が大学に進んでいるのかどうかということとは別問題です。若者が一人前になる年齢が遅くなっている、親を頼りにしている時期が長引いていると言えるでしょう。学力のない大学生が多すぎるという現状も報道されています。そして、全入のような大学に入れるなら、大都市の大学(もっと言えば、首都圏の大学)を選ぼうという風潮も見て取れます。
 実際には、大学の淘汰が行われて、経営が立ちゆかなくなる大学も出ています。大都市の大規模大学の定員をますます増やすという政策も見られますから、企業の動向と似たような傾向が見られます。大企業優先の政策と同じやり方です。今後は、大都市に立地する大規模大学が存続し、地方の大学や、規模の小さな大学が消えてゆくのかもしれません。
 世界を相手にして存在価値を発揮できる大学を作るという方針に異存はありません。けれども、それは世界に通用する大企業を作るということと同様の政策のように見えてきます。つまりは、東京の一極集中をますます加速させるということと軌を一にしています。大学の設置数、学生数においても首都圏の肥大化は進んでいるのです。
 志願者の集中する大学が首都圏に分布し、全国の若い学生を首都圏に集めたら、その卒業生は卒業後も首都圏に住むことが多くなるでしょう。「東京、何するものぞ」という意気のある若者を育てなければ、日本の将来は危ういでしょう。そのためには、東京以外の主要な拠点が、学生の集まるところにならなければいけません。首都圏の大学を減らしていくことが日本の将来の利益になるのです。
 地方の大学が淘汰されることは目に見えています。けれども、同時に、首都圏の大学の定員を大幅に減らす政策をとる必要があると思います。

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