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2020年2月15日 (土)

兵庫県の方言(1)

「やさしい」言葉としての方言


 私たちはふだん、方言を使って話をしています。私は、方言丸出しやなぁと言われることがありますが、私にとっては、それが自然な話し方なのです。
 関西に住んでいる私たちが、他の地域の方言を聞くと、難しくてよくわからないと思うことがあります。例えば、東北地方の方言や、鹿児島県の方言などを聞くと、何を言っているのか わからないということがあります。
 けれども、なぜそのような言い方になっているのかということを理解すると、それぞれの地域の言葉は、意外に納得しやすいのです。方言は、基本的にとても易しい言葉であると考えてよろしいでしょう。
 さて、方言についてお話しする前に、ちょっと話を広げて、「言葉」というものについて考えることから始めたいと思います。
 言葉を使って、私たちは、「話す」、「聞く」、「書く」、「読む」ということをしています。口で話し、耳で聞くのは音声言語であり、話し言葉です。文字に書き、それを読むのは文字言語であり、書き言葉です。
 方言というのは、一般に話し言葉の世界です。方言を文字で書くと違和感を覚えるという方がおられます。何かの意見を主張するような文章の場合に、方言を交えて書くのはあまりよくないと考えることもあります。そんな風に感じたり考えたりする理由は、方言が、日常的な、話し言葉の世界のものであるからです。
 言葉は、自分と他の人とをつなぐものです。伝達、コミュニケーションのために、言葉が使われるのです。言葉は、相手に伝わってはじめて、その役割を果たしたことになります。相手に言葉が届いていても、言いたいことが相手に伝わらなければ、言葉の目的を達したことにはなりません。
 私たちは、自分が他人を知るために言葉を使い、自分を他人に知らせるために言葉を使っています。もちろん言葉以外のもので思想や感情を知らせることもあります。絵画や音楽などを仲立ちにして表現や理解も行っています。けれども、言葉は、伝達手段の中でもとりわけ重要な働きをしています。
 私は、表現するときの基本は、「やさしい」ということにある、と考えています。
 言葉は、平易な言葉、「易しい」言葉でないと相手に伝わりません。自分だけわかっていて、相手にはわからないというような言葉は避けるべきでしょう。
 そして、もうひとつ。言葉は、相手に対する心遣いをそなえていなければなりません。相手に対する「優しい」心が大切です。
 実は、方言は平易な、「易しい」言葉の集まりであるとともに、相手に心配りをした、相手に伝わりやすい、「優しさ」をそなえた言葉であるのです。

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