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2020年2月 8日 (土)

生きる折々(39)

「来ない」を、方言でどう言うか


 『ごめんやす「おおさか弁」』(リバティ書房)という本は、朝日新聞大阪本社社会部(編)となっています。その中に「けえへん」と題する文章があります。筆者は、劇団「そとばこまち」の座長(当時)です。引用します。

 つい先日、何の意識もせずに「きいひんの?」という言葉を使ったところ、
「あれ? 生瀬さんは、京都の人ですか」
と質問されたことがありました。
「いえ、西宮で生まれたんですが……」
と答えると、その人は
「大阪弁は『けぇへん』が本当なんですよ」
と笑顔で言葉を続けられたのです。
「あぁ、そうなんですか」
と単純に納得はしたものの、その親切な人が言った「本当」という言葉が心にひっかかったまま、その場を離れることになりました。
 数日後、神戸の友人に
「生瀬はこうへんの?」
と話しかけられ、私はすかさず
「大阪弁では『けぇへん』ちゅうねんで」
と答えました。が、その友人に
「あっそ、まあどっちでもええやん」
とあっさりと返されてしまいました。

 実はこの本は1994年の発行ですから、今から四半世紀前です。それぐらいの間隔があると、言葉が変化してもおかしくはありません。
 私は今、「来ない」にあたる表現をする場合は、「けぇへん」「こうへん」の他に「きやへん」や「こん」も使います。どの言い方が多いのか、自分を振り返ってみましたところ、「けぇへん」「きやへん」かなぁという程度の答えしかありません。「きいひん」は確かに京都的ですからあまり使いません。「こうへん」は子どもっぽく感じて、使うのを押さえるような意識があります。
 ところで、2019年10月10日の神戸新聞に、甲南大学の都染直也教授を紹介した記事があり、「来ない」の話題も出ていました。引用します。

 例えば兵庫と中国地方で「来ない(コナイ)」の言い方を検証したところ、中国地方は「コン」でほぼ統一されているのに対し、兵庫県南部は西から東へ「コーヘン」「キヤヘン」「ケーヘン」などと変化。「兵庫は中国地方と比べて人の動きが激しいため、方言の変化が多様なのでは」と都染さん。一方、兵庫でも若い世代は市町に関係なくほぼ「コーヘン」だった。

 交通が便利になって、通勤範囲も広がってきますと、言葉も交流していきます。かつては京都言葉、大阪言葉、神戸言葉の特徴をはっきりと意識していたとしても、しだいにその枠組みも崩れていっているのでしょう。
 私がまとめた「明石日常生活語辞典」は、明石ではこんな言葉を使っている(または、使っていた)という記録に過ぎません。他の地域とは違った異なった特徴があると言えるかどうかはわかりません。こんな言葉があるということの記録ですが、何十年か後に、その土地の言葉と比べあってみると、言葉が変化していることに気付くでしょう。そのような資料の働きを持っているのだと思っています。

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