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2020年2月26日 (水)

ことばと生活と新聞と(5)

自分のことを表現する言葉


 現代は広告・宣伝の時代ですから、自分のことを偉そうに高めたり、尊大ぶったもの言いをしたりする人が目立ちます。謙譲という、奥ゆかしい態度を人々は忘れてしまったのでしょうか。そんなことはないと思いますが、そうでない人たちが増えてきたことは間違いありません。
 言葉の中には、自分のことを表現するために使うのは不謹慎だと思われるようなものもあります。例えば、「真摯な態度で対応してくださった」とか「誠実に相手のことを考えていただいた」とか言うのは、相手への気持ちが表現されています。「真摯」や「誠実」は相手のことを讃える言葉のはずです。その言葉を、自分の性格や行為を表すようにして使う人の気持ちが理解できません。
 多くの人がそのように感じているのでしょう。次のような文章がありました。

 おととい、きのうと国会の代表質問を聞き、安倍首相の相変わらずの答弁にげんなりした。桜を見る会も、カジノ疑惑も、答えるべきところを答えない。煙幕を張るための決まり文句だけは色々あって「真摯に反省」「誠実に対応」などが繰り出される。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年1月24日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 反省や対応が十分でないと思われるから質問が繰り返されるのですが、自分のことを「真摯に反省」「誠実に対応」などと表現して答弁する人は、日本語の使い方がわかっているようには思えません。「反省せよ」と迫られた人間が、「はい、私は真摯に反省しました」などと答えている姿を見ても、なにひとつ信用できないのが人間の本当の気持ちです。
 自己宣伝の言葉だけは、たくさん開発しているようです。吉田政権とか小泉政権という言葉は、周囲の人が使ってもおかしくはありませんが、自分のことを安倍政権などと繰り返し発言する人の気持ちはなかなか理解できません。権力という恐ろしいものを持っている人間が、それを自慢たらしく口にする気持ちにはおぞましさを感じるのです。
 議会は討論の場です。政治や経済などの専門用語が使われることは当然でしょうが、そうでない部分では、人々が使っている意味・用法に沿った言葉遣いをしてもらえないものでしょうか。

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