« 生きる折々(37) | トップページ | 生きる折々(39) »

2020年2月 7日 (金)

生きる折々(38)

ほんとうは無職なのですが…


 新聞社から取材を受けるということは、時たましかありませんが、そんな時には、職業を尋ねられます。記者には、だいたいどういう人間であるのかということはわかっているのですが、職業をどう書こうかという確認の意味が込められているようです。
 私は、現在はもちろん無職です。けれども、無職の人が本を出版したなどという書き方はできないようです。これまでの経歴を確かめられることもあります。
 これまでの私の職名を並べると、公立学校を退職するまでは、教諭、指導主事、教頭、校長です。その後は、大学教授、大学非常勤講師、大学非常勤職員というところです。
 記者が、どれを書いておこうかと尋ねると、私はどれでもよいと答えます。現在は無職ですから、無職でよいではないかと思います。昔の職名を書く必要はないではないかとも思いますが、こだわりはありません。
 昔の職名を書くときに、考え方は2通りあると思います。ひとつの考え方は、最も後のものを書くという考えです。その場合は、元大学教授です。人生の大半は公立学校教員として過ごしましたが、それに注目するのなら、元高等学校長です。
 もうひとつの考え方は、それらの職名のうち、いちばん長く属していた職名を使うことです。その場合は高等学校教諭です。
 私は経歴を話した後に、どの職名を紙面に書かれても異存はありませんが、面白いことに、高等学校元教諭という書き方をされることが多いのです。何の違和感もありません。記者もたぶん、最も長い間の職名を選んでいるのだろうと思うのです。
 記事を見た旧知の人から、最後は大学に勤めたのに高校教諭という紹介であったのは良かった、という感想を聞いたことがあります。私が選んだのではありませんが、他人にもそういう思いがあるのだなぁと感じました。
 もうひとつ別のことを書きます。無職とは書けないから、方言研究家とか言語研究者ではどうですかと言われたこともあります。けれども、それは職業ではありません。どんな職業であっても、併せて、方言研究家や言語研究者を名乗ることはできますから、あいまいな呼称だと思います。今では自分のことを勝手な言葉で名乗る人が多くなっています。教員を退職してすぐに、教育コンサルタントなどと名乗り始めた人を知っています。家庭教育コンサルタントとか大学進学指導コンサルタントとか人生相談専門員とか、何とでも称することができます。新聞を見ていたら、そんな職業があるのかと思うような勝手な名乗りがあふれています。新聞も、本人が申告したまま、その名称を使うということは止めた方がよいと思います。

|

« 生きる折々(37) | トップページ | 生きる折々(39) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 生きる折々(37) | トップページ | 生きる折々(39) »