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2020年2月 6日 (木)

生きる折々(37)

「つのる」という言葉


 募っているけれど募集はしていない、というおかしな日本語を使う人が、日本という国の首相の座にいます。日本語を正しく理解し、正しく使わなければならない人が、そのようにはなっていないのです。
 だからというわけではないかもしれませんが、高等学校の国語科の指導内容を変えなければならないと考えている人たちがいるようです。日本語の運用能力を高める指導をしなければならないから、文学教材を減らしても仕方がないという考えです。心の教育よりも、目先の能力を高めなければならない、というほど日本人の日本語能力は落ちてしまっていると考えているようです。首相の座にいる人すら、自己弁解のためには日本語の意味を強引に変えようとしているのですから、これはゆゆしき問題です。
 言葉が異なれば、意味や語感が異なるのはあたりまえのことです。「募る」と「募集する」とは、意味はほとんど同じでも、その言葉から受ける印象は同じではありません。けれども、「募っているけれど募集はしていない」というように、「募る」と「募集する」とを区分けすることはできません。こんな発言を許しておいてよいはずはありません。日本語の破壊行為です。
 「つのる」という言葉には、大きく分けて2つの意味があります。①招き集める。広く呼びかけて集める。②勢いなどがますます激しくなる。この2つです。①の意味では「募集する」と同じ意味合いです。
 「つのる」という言葉のもう一つの意味を、一国の首相は実践しようとしているようです。自分が主張すれば(言い募れば)、みんなが聞くはずだ、という気持ちを込めて、みんなに納得させようとする姿勢です。首相のこういう姿勢が、ますます激しくなっているのです。
 「募っているけれど募集はしていない」という言葉の意味は、次のように理解することができるようです。私(首相)の反論はますます激しくなっているけれども(すなわち、言い募っているけれど)、観光ツアーに参加する人を集めて「桜を見る会」に送り込んではいない(すなわち、募集はしていない)と主張しているのだ、という意味です。
 こんなことでも考えなければ、馬鹿げた発言を楽しむことはできません。
 政治のリーダーは、日本語を正しく使うリーダーでなくてはなりません。そうでなくては国会論戦などしても何の価値もないことになってしまいます。私たちは、正しい日本語を使う人たちを国会に送り込まなければなりません。おかしな日本語の使い手を絶滅危惧種にしてしまうような努力をしなければなりません。
 このことは、主張が右寄りであるか左寄りであるかということとはまったく関係のない話なのです。

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