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2020年2月 9日 (日)

生きる折々(40)

「首府」と「首都」


 大阪府や大阪市を「大阪都」にしようという構想が進んでいます。関西に住んでいると、大阪府の住民でなくても、そんなこんなのニュースが次々と伝えられるのです。今年は2度目の住民投票が行われる予定だと言います。
 今の大阪市の区域を4区に分けるということや、行政を改変するという具体的なことが提示されたりしているようです。部外者が意見を述べることは差し控えますが、これが実現すると、現在の大阪府全体が「大阪都」になるのでしょう。金剛山のふもとの南河内郡の千早赤阪村も「都」に属することになるのでしょう。そんなに簡単に呼称を改めてはいけないと思いますが、東京都にも檜原村や小笠原村などがありますから、釣り合いがとれるのでしょうか。
 それにしても「大阪府」よりも「大阪都」の方が格が上だというような感覚があるのでしょうか。県というところに住んでいる私には、理解できないことです。いや、そういうことではなく、東京都と同じような自治体になるためですと言われそうですが、それは大阪府という呼称のままでも、できることではないのでしょうか。
 こんなことを言うのはワケがあります。遠藤周作『最後の花時計』(文藝春秋)というエッセイ集を読んでいたら、「首府」という言葉が使われていました。1993年から1995年にかけて新聞連載した文章をまとめた本です。そうだった、と思い出しました。
 小学生、中学生の頃、各国の首府の名前を覚えることに熱心になっていたことがあります。学校の勉強でもあったのですが、子どもたちのクイズ遊びの様相も帯びていました。日本地図を広げて、小さな地名を挙げて、それがどこにあるのか探させるというようなこともしていました。お陰で地理が大好きな少年少女が何人も生まれました。
 子どもの頃は、それぞれの国の政治の中心都市を表す言葉は「首府」でした。東京は、日本の首府でした。終戦から10年ほど経っていた、私たちの少年少女時代は、「首都」とは言わなかったと思います。首都という言葉がなかったわけではないでしょうが、首府を使うのが普通であったように思います。
 その後、いつの間にか「首都」が優勢になっていったのですが、頭の片隅に残っていた言葉が「首府」であり、遠藤周作さんの文章を読んで、呼び覚まされた思いになりました。
 「首都」の方が「首府」よりも立派に聞こえるのでしょうか。大阪都は大阪府よりも進化した自治体に見えるのでしょうか。
 そういえば、都道府県庁に近づけて、市庁とか町庁とか呼んだり、地方自治体の部や課のことを、局と呼んだりすることが広がってきているように思います。

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