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2020年4月18日 (土)

ことばと生活と新聞と(57)

「いずれにいたしましても」という言葉の無責任さ


 記者会見などを見ていると、ときどき、「いずれにいたしましても」という言葉を聞きます。この言葉を耳にすると、その言葉が発せられる段階よりも前に述べられていることは、全く意味のない内容のように聞こえます。これは話し言葉としての使い方であって、書き言葉にあらわれることは少ないと思います。
 しばしば耳にすると思われるのは官房長官という人の会見です。他の人に比べて多いのかどうかはわかりませんが、この人の語り口が、投げやりのように聞こえて、強く耳に残るからかもしれません。
 この言葉はさまざまな場面で使われますが、極端な場合、「いずれにいたしましても、具体的なことはこれから詳しく検討したいと思います。」などという言葉を聞くと、これまで何も検討していなかったのだということが理解できますし、それを誤魔化すためにいろいろな言葉を並べあげていたのだということが明らかです。
 この言葉を取り上げたコラムがありました。

 自治体関係者の間でひそかに回し読みされている本があると聞きました。「公務員の議会答弁術」(学陽書房)。「どんな場面も切り抜ける」という文言や用法が紹介されています。
 ページをめくると、やっぱりありました。「いずれにいたしましても」。答えるべき内容がなく、前置きをいろいろ並べて時間を稼ぐ場合に使う、と筆者で現役公務員の森下寿さん(ペンネーム、50代)は手ほどきします。議会答弁書の作成を長く担当した経験から、「答える側には使い勝手がよいかもしれませんが、聞く方は耳障りですよね」とも言います。 …(中略)…
 最後に結論を言うときの枕ことばですが、核心をぼかす、かわす言葉としての印象も強いです。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年4月11日・朝刊、13版S、11ページ、「ことばサプリ」、中村純)

 この文章を読んでびっくりしました。議会の答弁を一生懸命に作り続けている人がいること、そして、その人たちが「いずれにいたしましても」を重宝な言葉として使い続けていたことです。そうすると、答弁をしたり会見をしたりする人たちが、この言葉を使う機会は、ますます増えていくでしょう。
 コラムの中に、富山県議会が「いずれにいたしましても」の言い回しを自粛するように県執行部に求め、使用頻度を10分の1に減らしたということが書かれていました。求められた方が県執行部というのですから、答弁の原稿は「いずれにいたしましても」に塗り込められたものであったのでしょう。答弁はそういう原稿を棒読みして行われていたということです。国政にかかわる官房長官が多用してもおかしくはないのかもしれません。
コラムに書かれていることのうち、「最後に結論を言うときの枕ことばです」という表現には賛成できません。結論など何もないときの弁解語のようなものではないでしょうか。「核心をぼかす、かわす言葉」として使っているのですから。
 会見や答弁の中で、この言葉を聞いたときには、その会見・答弁の全体がうそっぱちらしく聞こえるということに変わりはありません。

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