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2020年4月16日 (木)

ことばと生活と新聞と(55)

同じ文章を2度載せる安易さ


 「つまらないものですが…」という言葉は、謙遜の気持ちを添えて相手に贈る言葉だと思っていましたが、地域によって受け取り方が違うようです。こんな文章を読みました。

 結婚後、尾道で妻の恭子さんが菓子折を持って「つまらないものですが」と近所に挨拶に行ったら、「どうして、あんた、つまらんもん持ってきた」「ええもん持ってきさんしゃい」と追い返されてしまったんです。儒教の精神が育たないところだから、つまらんもんといったら、本当につまらんもんを持ってきたと思われてしまいます。
 (大林宣彦『戦争などいらない-未来を紡ぐ映画を』、平凡社、2018年11月9日発行、54ページ)

 尾道を舞台にした映画をたくさん作った大林宣彦さんが亡くなりました。もちろん新聞は大きく扱うことになります。
 4月11日の夕刊の見出しを引用します。

 平和な未来 映画に託して / 大林宣彦さん死去 / 尾道に情熱 / ヒロシマ 原体験に
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年4月11日・夕刊、3版、1ページ、見出し)

 夕刊1ページには他のニュースはなく、この記事ひとつだけです。この扱いに異存はありません。
 さて、翌日の朝刊ではやはり1ページのニュースとなっています。

 大林宣彦監督 死去 / 82歳 「時をかける少女」「転校生」
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年4月12日・朝刊、14版、1ページ、見出し)

 同じニュースを2度にわたって報道することを、かつての新聞はしていませんでした。今は、同じニュースを載せるという安易さに変化してしまっています。
 しかも、驚くのはそれだけではありません。11日夕刊の文章の冒頭部からの50行余りを、1字1句も変えることなく、そのまま12日朝刊に使っています。しかも1ページの記事はそれでおしまいです。まったく同じ文章を2度、読まされるのです。あまりにも酷いことです。新聞記者には倫理観が喪失してしまっています。
 この記事に始まったことではありませんが、今回は堕落の極みのように感じました。
 早く夕刊を廃止しましょう。こんな新聞作りにつきあうことはできません。朝刊と夕刊とを合わせて売ることは止めてください。夕刊がほしい場合は新聞スタンドで買うことにしましょう。同じ記事を配達することを止めてください。朝刊だけで結構です。朝刊は統合版にして、夕刊は1部売りにしましょう。
 夕刊を廃止しようという世論を高めるために、わざと問題のある編集をしているのなら、もうそろそろ、その実験は終わってもよいでしょう。早く夕刊廃止に踏み切りましょう。
 「つまらないものですが…」という言葉の受け取り方は、地域によって、あるいは時代によって変化をするのでしょう。新聞の夕刊も、そろそろ変化する時代を迎えているようです。

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