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2020年4月 8日 (水)

ことばと生活と新聞と(47)

教育には成功談や美談はない


 井上ひさしさんに「シベールのラスク」という文章があります。その文章は『ふふふふ』(講談社、2009年12月17日発行)という本に収められています。
1966年(昭和41年)の秋に、25歳の熊谷さんが山形市内に小さな洋菓子店を出しました。曲折がありましたが、バターの味を利かせた、歯ごたえのよいラスクが、ゆっくりと保守的な食生活へ食い込んでいき、蔵王の麓に新しい工場を建てるまでになりました。
 そして、創業者利益を地元に還元するために財団を作り、その財団が体育館(劇場にもなる)と図書館を作り運営することにしたと言います。
 以下に、井上さんの文章を引用します。

 「二十万円の元手で始めた店が、地元のみなさんや県内外のお客さまのおかげで持ちこたえ、そして大きくなった。これまで買い支えてくださった方々にそのご恩をお返しするために、どなたでも入ることのできる図書館と体育館と劇場をつくることにしました」
これが筆者が直に聞いた熊谷さんの談話である。いい話はテレビや週刊誌や新聞に載りにくい。わたしたちが日ごろ見聞きするニュースは「自分のことだけを考えて自滅していく人たち」のことばかりだ。もちろんいわゆる美談美談した美談にも閉口である。(同書、188ページ~189ページ)

 教育産業という産業があるそうです。教育を商売とする人たちの心の中を推し量ることは、私にはできません。教育は商売ではありません。この連載の(45)回と(46)回に書いたのは、私の頭の中にはない世界のことですが、現実にはそんなことを自慢たらしく文章に書く人がいるのです。
 新聞が取り上げるのは、多少とも金儲けに関わりを持った話が多いようです。教育に関することも、その例外ではないようです。教育産業で大儲けをした人の話や、有名大学に大勢入学させたと自慢している人の話などが、新聞には都合のよい話題のようです。「自分のことだけを考えて」いる人が、新聞にとっては好都合の人のようです。「いい話はテレビや週刊誌や新聞に載りにくい」という井上さんの意見には同感します。
 新型コロナウイルスの感染拡大に立ち向かっている医師や看護士などの方々の様子の一端は記事になっています。けれどもそれは大勢の方々の努力の一部が記事になっているだけです。学校教育に携わっている人たち(とりわけ、大多数の子どもたちを相手に奮闘している公立学校の教員や職員のこと)や、公務員のことなども大きな記事にはなりにくいようです。
 医療従事者や、学校教育従事者、公務員などは、きちんと仕事をこなしていって当たり前の世界です。そのような仕事には成功談や美談はありません。美談や成功談を求めて仕事をしているわけではありません。
 それに対して、受験産業には成功談が付き物です。成功談を宣伝材料にするために、成功談を作り上げています。ちょうど今ごろ、新聞の広告欄にも、チラシ広告にも、有名大学合格者の顔写真が並べられます。それを自分たちの教育産業の手柄として宣伝します。そういう風潮を断ち切る努力をするのが新聞の務めだと思いますが、新聞は逆の立場をとっています。
 もう一度言っておきます。(46)回に取り上げた「塾が教えない中学受験必笑法」という文章を、新聞社は取り下げる処置をすべきだと思います。恥ずかしい文章です。

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