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2020年4月 7日 (火)

ことばと生活と新聞と(46)

塾や親を総動員しなければならない教育・指導


 新型コロナウイルス感染拡大の状況下で、学校の休業が続いています。教員は過酷な状況の中で、施設管理や児童・生徒指導はもちろん、学習指導への対応も求められています。
 そんな中で、ある国立大学の付属学校で、インターネットで家庭と学校を結んだ学習指導のことが、テレビニュースで紹介されていました。そのような授業を工夫して指導に当たられている教員の方々には敬意を表します。けれども、インターネットなどを利用した指導を行うためには機器などが必要ですから、すべての学校で行えるものではありません。学校教育は本来、すべての児童・生徒に同じような環境が与えられるべきですが、現実はほど遠いものでしょう。

 さて、前回の続きです。前回に書いたことは酷いものでしたが、今回は同じ筆者による、もっともっと酷い内容です。新聞が、このような文章を掲載してよいのでしょうか。唖然としております。
 文章を引用します。

 塾で出される宿題をぜんぶやる必要はないという話は、中学受験生の親ならもうみんなが知っていることだと思います。 …(中略)…
 山ほど出された宿題の中から、わが子にとって優先順位の高いものを取捨選択しなければいけないという意味ですから。そして子ども自身が適切に判断できることなどは稀。つまり親が、わが子の学習状況を把握して毎度判断しなければいけないということです。 …(中略)… 私もときどきパラパラめくってみますけど、正直言ってぜんぶやるのはそれこそ無理です(笑)。
 そこで流行っているのが、いわゆる一般的な中学受験大手塾とは別に、塾の課題をこなすための指導をしてくれる個別指導塾に通ったり、家庭での学習を中学受験専用のプロ家庭教師に見てもらったりというスタイルです。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年4月4日・朝刊、13版、21ページ、「塾が教えない中学受験必笑法」、おおたとしまさ)

 文章はまだまだ、この筆者独特の考えを展開して続いていきますが、わずかこれだけの引用文だけでも、問題が山積しています。
 子どもが消化しきれないほどの分量を課題として出すのが塾の教師であり、それを取捨選択する役割を親が担うべきだということが書かれています。大人が「正直言ってぜんぶやるのはそれこそ無理です」というのは笑い話ではありません。異常です。その異常さを当然のこととして書いている人間の心の中はどうなっているのでしょうか。
 けれども、驚きはそれだけではありません。塾とは別に、個別指導塾に通わせろ、家庭でプロ家庭教師に見てもらえと言います。こんな人間が、自分のことを「教育ジャーナリスト」と称しているのです。
 まったく教育という仕事とは無縁の、商業主義で教えている人間がいるということは、子どもにとっては脅威だと思います。本文中の言葉で言えば、中学受験大手塾であり、個別指導塾であり、中学受験専用のプロ家庭教師であり、この文章の筆者です。中学受験を金儲けの対象にしている人たちです。
 教育や指導がどうあるべきかということを忘れて、テストの点数だけを上げるようにけしかけるのが「教育ジャーナリスト」という者の役割のようです。そして、新聞社はそういう人間を支援しているようです。
 子どもたち自身に、何をなすべきかを考えさせて、選ばせて、自分の頭を動かして課題に取り組むようにさせるのが教育というものでしょう。そのようなことをまったく考えないような人間に指導されて、テストの成績だけを上げて、中学校に進んでいく子どもたちが可哀想です。
 けれども、そういう子どもは、一流の高校、大学を経て、一流の企業や官公庁に就職するのでしょう。他人を押しのけ、自己の論理でものごとを考えて進んでいくのでしょう。他人を思いやる気持ちなどが生まれなくても当然かもしれません。
 新聞社は、このような原稿のチェックをしているとは思えません。あおり立てるような文章は、誰に役立っているのでしょうか。内容をチェックをして掲載を認めたというのなら、この新聞社には教育に対する認識が誤っています。
 新聞社は、掲載記事に責任を持たなければなりません。パブリックエディター制度があることを宣伝していますが、それが機能していないのでしょう。新聞社に意見を書き送っても全く無視の姿勢を貫いていますから、機能していないことは明らかです。
 新聞には「お詫びと訂正」の欄があります。文字や数字の書き誤りなどはたいしたことではありません。こういう文章を平気で載せたことこそ「お詫び」すべきです。

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