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2020年6月16日 (火)

ことばと生活と新聞と(116)

無意味のマスクと、無目的・無制限・無計画の博物館

 

 

 小さな小さなアベノマスクが、やっと6月14日午前、郵便局のタウンプラスで届きました。粗品のような簡単なものを1世帯2枚ずつ配って何千億円もかかるとは驚きです。リーフレットには、「3つの密を避けましょう! ①換気の悪い密閉空間 ②多数が集まる密集場所 ③間近で会話や発声をする密接場面」と書いてあります。
 さて、はっとさせられる文章に出会いました。

 

 博物館には、〝役に立つ〟とは正反対の〝三つの無〟という理念が根付いている。無目的・無制限・無計画だ。「研究には使わないから」「もう収蔵する場所がないから」「今は忙しいから」--。今の人間の都合で博物館に収める標本を制限してはならない、という戒めのような言葉だ。
 博物館の仕事は、標本を収集・保管し、未来に残していくことにある。未来の人々が必要とするものを、今の私たちが想像することはできない。百年後の人々に「この記録が残されていてよかった」と思ってもらうためには、あらゆるものを無尽蔵に集め続けるしかないのだ。
 研究だって同じだ。将来どんな研究が重要になるかを知ることはできない。誰にでも価値がわかる重要そうな研究ばかりになってしまえば、いつの間にか、未曾有の事態に立ち向かえる科学者が絶滅してしまうことになるかもしれない。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年5月13日・朝刊、13版S、23ページ、「郡司芽久のキリン解体新書」)

 

 私たちの現在の生活にとって重要なのは「3つの密」ですが、長い目で人間の営みを見るなら「3つの無」が大切であるというのです。
 現在の生活にとっては「無目的・無制限・無計画」なものは弊害があるでしょうが、それは「今の人間の都合」でしかありません。「未来の人々が必要とするものを、今の私たちが想像することはできない」「将来どんな研究が重要になるかを知ることはできない」という指摘には同感します。博物館は、これまでの人間にとって重要だと思うものを収蔵していると思っていましたから、「あらゆるものを無尽蔵に集め続ける」という姿勢には、目を開かれる思いがしました。
 話題は狭くなりますが、言葉に関することも同じであると思います。私が書いているこのブログ記事は、現在の私の興味に沿って書いているに過ぎません。お読みくださる方々にとっては、価値の薄いことを書いていると思われるものがあるにしても、百年後の人たちにとっては、昔こんなことを考えていた人がいるのだというふうに思ってもらえるかも知れません。
 私は昨年秋に『明石日常生活語辞典』を刊行しました。この本の中で私は書いているのですが、この辞典は現在役立つというよりは五十年後、百年後に、資料として参考にしていただければ嬉しいと思って刊行しました。現在、蔵書としていただいている公立図書館・大学図書館の数は少ないのですが、それでも東京および近辺の図書館では、国立国会図書館、国立国語研究所、東京都立図書館、神奈川県立図書館、早稲田大学、学習院大学、東洋大学、國學院大学、専修大学、文教大学、跡見学園女子大学などの蔵書になっています。関西ではもっと多くの図書館で収蔵いただいています。こんな本は役立つのだろうかと思われても、後世の人の興味・関心を引けば嬉しいと思っています。
 さて、はじめの話題に戻ります。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って配付されたアベノマスクも博物館に収蔵すべきものの一つでしょう。それが計画されてから実際に配付されるまでにどれくらいの時間がかかったのか、その品物は現実に役立つものであったのかということの記録とともに収蔵しておくべきでしょう。優れた判断であったか否かは後世の人が判断すればよいのですが、後世でなくても、現時点でも評価が下されつつあります。

 

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