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2020年6月12日 (金)

ことばと生活と新聞と(112)

「降り場」は全国どこにでもある  -東京人の言語感覚-


 バスの停留所(乗り場)は、乗降客が少ないところでは同じ場所で降りることも乗ることも行われています。けれども、ターミナル駅前を発着点とするところでは、到着したバスの乗客をすべて降ろしてから、バスを移動させて、新しい乗客を乗せます。降り場と乗り場とが少し離れた場所に設定されているのです。到着したバスの乗客をすべて降ろしてから、同じ場所で新しい乗客を乗せるようなことは効率のよいことではありません。タクシーの同じです。降り場で下ろしてから、乗り場で新しい乗客で乗せるのです。大きな駅の前では、その降り場と乗り場とが別々の場所に設けられているのが普通です。全国どこでも、大きな駅の周辺などではそのようになっていると思います。
 次のような文章を読んだとき、私は、書かれている内容が信じられませんでした。

 京都市営バスの停留所で〈おりば〉という文字を初めて見かけたのは1999年のこと。珍しいと思って写真を撮ったのがこれです。
 終点で、降りる人しかいない停留所でした。降車場ということですね。地元の人には普通の言い方かもしれませんが、東京の私の住む周辺では、今も目にしません。気をつけて見ているつもりなのですが。
 「おりば」はその後も京都でしか見かけなかったので、一種の関西方言かな、と思っていました。ところが、最近になって、別の土地で立て続けに実例を目撃しました。
 ひとつは岐阜駅前。〈タクシーおりば〉という新しい標柱が立っていました。あるいは、北海道の富良野駅前。〈タクシー 一般車両 おりば〉という標識がありました。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年9月7日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 すべての停留所が「降り場」と「乗り場」に分かれているわけではありませんが、大きな駅前ではきちんと区別されています。停留所の表示などに書かれているのよりは格段に大きな文字で「バス 降り場ば」と書かれているところもたくさんあります。
 降り場という表示がなくても、到着したバスの乗客がすべて降りる場所があるとすれば、それは降り場です。「降り場」という表示があるかないかということとは別です。降り場はあるのです。「ここは降り場やさかい、ここからはバスに乗られへん。乗り場はどこやろう」などという会話は日常茶飯のことです。
 本文に書かれている、「地元の人には普通の言い方かもしれませんが、東京の私の住む周辺では、今も目にしません。」というのは、東京人の勝手な判断に基づく表現です。本当はそうでないかもしれません。筆者だけが気づいていないことかもしれません。
 「降り場」を「関西方言」と書くのは、やはり東京人の勝手なものの見方です。全国のあちらこちらにあるのに、東京では言わないということです。「降り場」という表現がないというということが「東京方言」の特徴ということになるでしょう。
 「乗り場」という言葉が国語辞典に載っているのに対して、「降り場」が乗っていないのは辞書編纂者の怠慢です。「降り場」という項目が載っていなくても不便はないだろうというのは弁解に過ぎません。日本語に「降り場」という言葉があるのなら乗せるべきです。「乗る」と対になる言葉の「降りる」は辞典に載っていなくてもわかるだろうという理屈と同じです。
そもそも「降り場」という言葉を筆者が1999年に発見したというのは、私にとっては、驚き以外の何ものでもありません。ずっと昔から使われていた言葉(しかも外来語ではなく、純粋な日本語)を知らなかったというだけのことです。
 前回のコラム(111)回にも書きましたが、これも「東京人の国語辞典編纂者」そのものの姿勢です。
 いろいろな表現の場で、いわゆる差別的な表現などは避けようという気運が高まっています。男女差別、人種差別、部落差別などなど、広い分野にわたって努力が続けられています。けれども、方言に関しては、そのような思いやりがありません。東京にないものは地方の方言だという考えが、国語辞典編纂者に強く残っているのです。これは歴然とした言語による差別意識に他なりません。東京中心意識を捨てて、国語辞典の編纂は行うべきでしょう。

 「降り場」という言葉が国語辞典に載せられていないことを確認する作業をしていましたら、面白い項目を見つけました。『三省堂国語辞典・第5版』に「おりのり〔降り乗り〕」という項目があって、次のように説明されていました。

 (乗り物に)乗っている人が降りてから乗ること。

 余計なお世話だと言いたくなりました。「降り乗り」の説明は、乗り物から降りることと乗り物に乗ること、でよいではありませんか。乗降のルールを説明することが国語辞典の役割ではないように思うのです。「降り乗り」という言葉はどこまで普及しているのでしょうか。普通は「乗り降り」を使います。
 「降り乗り」を国語辞典に載せるより先に「降り場」を載せるべきだと思います。

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