« ことばと生活と新聞と(119) | トップページ | ことばと生活と新聞と(121) »

2020年6月20日 (土)

ことばと生活と新聞と(120)

コラムの文章末に注意


 文章表現の順序で気になるものがあります。理由や根拠を最後に(あるいは、後回しにして)述べるやり方です。
 文章を例示します。

 文字にすると「ツツピー、ツツピー」と書くらしい。シジュウカラのさえずりである。その弾むような声を聞くことが毎朝の楽しみになった。運がよければ、胸にネクタイ模様のある小さな姿を、電線の上に見ることもできる …(中略)…
 身近な音楽家をさがして、にわか探鳥家になるのも悪くない。16日まで愛鳥週間。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年5月13日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 文章の冒頭と末尾とを引用しました。どうして最後に「16日まで愛鳥週間。」と書くのでしょうか。読み始めたらすぐに、愛鳥週間にちなんだ話題だと気づく人は多いと思います。愛鳥週間ということをどうしても書こうとするならば、はじめの方に書くことが多いと思います。最後に書くのはどうも嫌味に見えます。この文章は愛鳥週間に関する話題なのですよ、みなさんは気づきましたか、というような響きが残ります。
 これは新聞記者特有の文体であるように思います。新聞のコラムなどにこういう書き方の文章を見かけることが、時々あります。
 ニュースでも、「AからBへの贈賄の事実が判明した」というような内容のことを詳しく書き連ねておいてから、そのあとで「捜査関係者への取材でわかった」ということを書くことがあります。捜査関係者への取材によって贈賄の事実が明らかになったという順序で、文章を書かないのはなぜなのでしょうか。新聞の文章は読みやすい形で書かれています。だから、自然な順序で書き進めていく方がよいと思うのです。
 新聞記者の書く文章は、事実を伝えるものや、軽いエッセイが大多数だと思いますが、新聞記者スタイルの文章というものがあるように思えるのです。先輩から後輩へ伝授されているのかもしれません。
 落語のオチのような働きにはならないような言葉を最後に書くと、ちょっとガッカリした気持ちで文章を読み終わることになるように思うのです。

|

« ことばと生活と新聞と(119) | トップページ | ことばと生活と新聞と(121) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ことばと生活と新聞と(119) | トップページ | ことばと生活と新聞と(121) »