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2020年6月17日 (水)

ことばと生活と新聞と(117)

おかしな理屈


 政治家たちは、自分に都合のよいような理屈を作り上げたり、質問には正面から答えなかったりするようなことを繰り返していますから、国民がそのような理屈や話し方をもてあそんでも仕方のないことなのでしょうか。
 謝罪という行為についても、「私に責任がある」とか「申し訳ない」とか言いながらも、その後の姿勢を改めなかったり、責任の取り方を明らかにしなかったりすることをしています。それが国民にも伝播しています。
 こんな記事がありました。

 お笑い芸人の岡村隆史さんがパーソナリティーを務める「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン(ANN)」(ニッポン放送)は14日深夜の放送で、今後は相方の矢部浩之さんを加えた「ナインティナインのANN」として番組を継続すると発表した。
 岡村さんは4月23日深夜の放送で「コロナが明けたら可愛い人が風俗嬢をする」などと発言し批判を浴び、番組で謝罪していた。 …(中略)…
 スタッフの話し合いで矢部さんの合流が決まり、提案を受けた岡村さんが「今の時代のラジオに変えていくにはそれしかない」と判断。岡村さん自ら矢部さんに電話で打診し、快諾されたという。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年5月15日・夕刊、3版、8ページ)

 発言を「謝罪」したとありますが、頭を下げたり、「すみません」と言ったりすることで、「謝罪」が成り立つのでしょうか。それならば「謝罪」は実に簡単な行為だと思います。政治家が行う「発言の取り消し」よりはましですが、良くないことを言った場合は頭を下げればよいということになってしまいます。まったく理屈が通っていません。
 放送局も安易な姿勢を取っています。「今後は相方の矢部浩之さんを加え …(中略)…番組を継続する」というのは、例えば、聴取率が落ちたから番組を改編するというのと変わりがありません。「岡村さん自ら矢部さんに電話で打診し、快諾された」というのは子供の使いの約束のように聞こえます。放送局に責任感が感じられません。タレントの発言だから仕方がない、その程度のことで人々は了解するだろうと甘く見ているのでしょう。

 話は変わります。「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン(ANN)」という表記は「オールナイトニッポン」を短く「ANN」と表記するということでしょうが、「ナインティナインのANN」という表記を「ナインティナインのオールナイトニッポン」と読めというのは強引な要求ではないでしょうか。「ナインティナインのエーエヌエヌ」と読むのが普通ではないでしょうか。何でもアルファベット略語に変えてしまうというのは勝手な要求です。
 毎日のように記事に登場する「世界保健機関(WHO)」という言葉は、2度目からは「WHO」という簡単な表記になります。その記事では「WHO」という文字を見るたびに「世界保健機関」と読み替えて読むことはしないでしょう。「ダブリュエイチオー」と読んでいるはずです。
 放送の世界では、ANNというアルファベット略語は別の意味として定着しています。テレビ朝日系列26局のANNニュースというのがあります。アルファベット2文字や3文字の略語は組み合わせ数に限界があるのですが、それでもどんどんアルファベット略語を作るという行為は拡大していくのでしょうか。これは新聞社が繰り広げている「おかしな理屈」だと思います。短く表現すればよいという姿勢は改めるべきです。

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