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2020年6月 8日 (月)

ことばと生活と新聞と(108)

どうして〈当たり前の言葉遣い〉ができないのか


 ピーナッツと南京豆と落花生は、場合に応じて使い分けられているように思いますが、入り乱れた使い方をしても、別に困ることはありません。さつまいもと甘藷、じゃがいもと馬鈴薯、キャベツと甘藍なども、よく聞く言い方と、そうでない言い方という差はありますが、2通りの言い方があっても日常生活で困ることはありません。
 ところが、気になる場合は気になるもので、じゃがいもと馬鈴薯について書かれた文章がありました。

 ある日ふと、疑問に出合うことがあります。ポテトチップスを2袋食べた後、健康志向の私は原材料名をみました。一つは「じゃがいも」、もう一つは「馬鈴薯」。なぜ?
 じやがいもと書いているのは、日本のポテチのシェアで7割強を誇るカルビー。広報に聞いてみると、「当初は馬鈴薯でしたが、20年ほど前に一般的なじゃがいも名に変えました」と説明してくれました。
 一方、馬鈴薯と書くのは1967年、日本で初めてポテチの量産化に成功した湖池屋です。広報に聞くと、「発売当初からこのままです。役所などでは馬鈴薯がよく使われますので」。 …(中略)…
 農林水産省に聞いてみました。「省内では白書を含めて馬鈴薯を使います。特に法律などで決められているわけではないのですが……。一般的にはじゃがいもですよね。」
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年3月28日・朝刊、13版S、13ページ、「ことばサプリ」、坂上武司)

 私の勝手な解釈を申します。日常生活の話し言葉では、さつまいも、じゃがいも、キャベツを使うのが多いのではないでしょうか。書類などに書く場合は、漢字で、甘藷、馬鈴薯、甘藍と書く方が引き締まる感じがするでしょう。
 ポテトチップスの袋に書いてある原材料名は、どちらに近いかと考えてみます。日常的な食べ物ですから、日常的な話し言葉で言えばよいでしょう。けれども、同時にそれは、文書として書いているのですから漢字表記の方がふさわしいと言えます。農林水産省は文章に書く言葉として馬鈴薯を使っているのでしょう。

 さて、私の話はこれでお終いではありません。新聞記事に沿った書き方をしてみましょう。
 ある時ふと、疑問に出合うことがあります。ポテトチップスについて書かれた文章を読んで、言葉に関心のある私はその書き方をみました。一つは「ポテトチップス」、もう一つは「ポテチ」。なぜ?
 この記事の題名も、「ポテチの原材料表記」と書かれています。本文中の初めは「ポテトチップス」、その後は「ポテチ」です。どうして「ポテトチップス」という丁寧な(と言うよりは、ごく当たり前の)言い方ができないのでしょうか。
 文字数を減らすということが最大の目的で、日本語をかき乱すことなどは眼中にないようです。そもそも「ポテチ」という言葉は美しい言葉でしょうか。私にはそうは感じられません。けれども新聞や放送が「ポテチ」という言葉を使い続けると、それが定着してしまいます。
 新聞社の校閲センターの方は、国語辞典をご覧になっていますか。「ポテトチップス」は載っているでしょうが、「ポテチ」を載せているのはどれぐらいありますか。少ないはずです。国語辞典は、一般的に受け入れられている言葉が載せられているはずです。国語辞典で確かめることもしないで、短く言うことばかり気にしていると、日本語の美しさは失われていきます。校閲の仕事は、美しい日本語を守り、育てていくことも、その仕事の一つだと私は思っているのですが…。
 このようなことを話題にした記事も、時には書いてほしいものだと、私は願っているのです。

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