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2020年6月 3日 (水)

ことばと生活と新聞と(103)

ほんとうの言文一致をめざして


 山口仲美さんの『日本語の歴史』は、わかりやすくて楽しい本です。文字を中心にして奈良時代が語られ、文章を中心に平安時代が語られ、文法を中心にして鎌倉・室町時代が語られ、音韻・語彙を中心に江戸時代が語られています、そして、言文一致をテーマに明治以降が語られています。おもしろい読み物です。
 巻末に「日本語をいつくしむ」という章があり、日本語の現在の姿をたたえるとともに、言文一致のことについて、次のように述べられています。

 日本語の歴史をたどってくると、現代の私たちは、過去の人々の大変な努力を知らずに享受していたことに気づいたと思います。最もすばらしい過去からの贈り物は、日本語の文章です。漢字かな交じり文を採用し、言文一致を完成させてあるのです。 …(中略)…
 でも、油断をすると、書き言葉はつねに話し言葉から離れようとします。第Ⅴ章でも述べましたが、書き言葉は、話し言葉と違って、目に見える形で存在しますので、保守的です。古い形をいつまでも保ち続ける性質があります。絶えず変化していく話し言葉についてゆけないのです。そのため用心していないと、話し言葉との間に大きなズレを生じ、話し言葉とは違った書き言葉独自の体系を作ってしまいます。そうなると、私たちはもう一度そのズレを修正するために言文一致運動を展開しなければならなくなります。
 (山口仲美、『日本語の歴史』、岩波新書、2006年5月19日発行、209ページ~211ページ)

 ここに書かれていることに、同感です。私たちは、日常の言葉を使って、自分の感じたこと、考えたことなどを、他人に伝えることができます。先人の努力のお陰です。
 もちろん、硬い言葉を使った文章や、必要に応じて専門用語をたくさん使った文章が書かれることはあるでしょう。けれども、日常レベルの文章はわかりやすく書かれています。
 言文一致を身に付けて表現活動を行っているものの一つに新聞があります。新聞は1945年の敗戦時までは、文語の表現も使われていましたが、現在は、話し言葉をそのまま文字にかえたような言葉遣いで書かれています。
 明治以降の言文一致に向けたさまざまな営みの結果、私たちは、自分たちが読むものも、自分が書くものも、言文一致の表現で用を足すことができるようになっているのです。
 私は、新聞の文章は、それをそのまま朗読しても、じゅうぶんに用を足せる文章になっていると思います。
 ただ、新聞の文章の中には、朗読に耐えられない文章や、言文一致を逸脱した文章も現れているように思います。
 たとえば、その一例です。

在宅医療現場での医師のアシスタントで、「やまと診療所」独自の肩書きであるPAのストーリーを続けたい。佐々木優(34)はPA4年目。前職は、熱帯魚ショップの店員である。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年5月27日・夕刊、3版、5ページ、「現場へ!」、中島隆)

 これは冒頭の文章ですが、この記事には、この後、「PA」という言葉が5回使われています。けれども、この夕刊の文章(「『やまと診療所』の物語」の第2回)だけを見ている限りでは、PAが何であるのかはわかりません。
 前日の記事の冒頭は、次のように書かれています。

 東京の板橋区を拠点に、在宅医療をする「やまと診療所」。ここには、こんな肩書きのスタッフが30人ほどいる。
 「在宅医療PA」--。
 PAは「Physician Assistant」の略。米国で集中治療室などでの医療行為を行える国家資格だ。その呼び名を、在宅医療現場での医師のアシスタントに転用した。やまと診療所にしかない肩書きだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年5月26日・夕刊、3版、5ページ、「現場へ!」、中島隆)

 疑問点は3つ、あります。
 ①1日目の新聞を読まなければわからない言葉を、2日目に何の説明もなく使うのは、かまわないことなのでしょうか。

②米国で国家資格である名称を、日本で勝手に使うことはかまわないのでしょうか。(新聞が追認しているような書き方になっています。)

 ③PAという略称は、原語で「Physician Assistant」という形を示しているだけです。日本語に直して書くという意思はないようです。(「この診療所ではPAと呼んでいますが、医療助手のことです。」というような書き方はできないのでしょうか。)
 このことに関しては、同じ日の夕刊の記事の中に次のような文があります。

 足利さんはスライド屋根の観測室をベニヤ板や繊維強化プラスチック(FRP)で一から手作りし、4月に完成した。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年5月26日・夕刊、3版、5ページ、「地域発 鳥取県から」、斉藤智子)

繊維強化プラスチックという言葉が、なぜ「FRP」という略語になるのかという説明がありません。「PA」も「FRP」も、その言葉を使わなければならない必然性がありません。(「FRP」については、この記事では、他に使われている箇所がありません。)要するに、アルファベット略語を使う必要があるのだろうかという疑問です。
 このような言葉(外来語とは言えません。単なるカタカナ語、アルファベット略語です)を多用して文章を書くということによって、朗読に耐えられない文章、目で見ることによって用を足すような文章を作ってしまっているのです。
 新聞には、きちんとした文章もたくさん掲載されています。けれども、記者の書くニュース記事や解説などの文章には、このような表現が多く見られるのです。日本語を大切にするという基本的な姿勢を失わないようにと、お願いしたいと思います。

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