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2020年6月15日 (月)

ことばと生活と新聞と(115)

「以上」という言葉の無機質さ


 物事を確認して復唱することは大切なことです。食べ物を注文したときに、間違ったものを出されたら困りますから、店員さんがきちんと確認してくれると嬉しくなります。
 けれども、そんなとき、「〇〇と、□□と、◇◇ですね。以上で、間違いありませんか。」などと言われると、あまり気持ちよくはありません。「そうです。間違いありません。」などと答えますが…。
 気持ちよくないのは「以上」という言葉です。物品には違いないのですが、食べ物に関することです。無造作に確認をしている言葉遣いだという印象はぬぐい去れません。「〇〇と、□□と、◇◇ですね。しばらくお待ちください。」という言葉遣いの方が印象は良いように思われます。
 これは、食べ物に限るのかと言うと、そうでもないような気もします。いくつかの文房具を注文した場合にも、「A、B、C…、以上を承りました。」と言われたら、もうすこし場面にふさわしい言葉はないのだろうかと思います。こちらの頼んでいることを、「以上」と一括されることに、少し不愉快さを感じるのです。
 関連したことを申します。ときどき見かける看板ですが、関西では、「丼物一式」とか「麺類一式」とかの言葉があります。いろいろな丼や、いろいろな麺類をお出しできますという気持ちはわかりますが、「一式」と言ってほしくないと思うのです。文房具一式とか寝具一式とかの言い方はよろしいでしょうが、食べ物を「一式」とは言わないでほしいのです。
 食べ物のチェーン店などの接客用語についての指摘は、ずっと以前から続いていますが、改善されたようには感じられません。「こちらがカレーライスになります」だの、「1000円からお預かりします」だのという言葉は、簡単に改められるはずですが、いっこうに改善されていません。
 こういうことについては、あちこちで指摘する文章を読みます。けれども、食事時に、店員さんに向かって直接に指摘することをしないから、改まらないのかもしれません。それ以前の問題としては、店が作っている接客マニュアルなどに例示してある言い方を改めなければならないのでしょうが、それができていないようにも思います。

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