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2020年7月26日 (日)

ことばと生活と新聞と(156)

「不要」は「不急」を含んでいる


 新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、「3密」とか、「不要不急」という言葉を多く見かけます。不要不急の一例として、こんな文章があります。

 「不要不急」の反対語は「必要至急」か。思えば二つの言葉のあいだには、どちらともとれる領域が広く横たわる。親や子ども、孫に会いに行くのはどちらに近いだろう。お見舞いは。里帰り出産は。悩んでいた方も多かったのではないか
 自粛要請という関所はなくなったが、心の中には自分なりの小さな関所がある。いまはまだ、そんな気がする。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年6月21日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 「3密」というのは、密閉空間、密集場所、密接場面の3つを合わせた言葉です。3つをすべて避けなければなりません。
 それに対して、「不要不急」というのは、不要かつ不急ということではありません。不要または不急ということだと思います。本当は2語の間を区切って「不要・不急」とするのがよいのかもしれません。けれども、考えてみれば、人には不要なことなどは、そんなにあるはずがありません。
 「不要」は「要」を打ち消したものですから、反対語は「必要」のように見えますが、筆者も言うように、そこには「どちらともとれる領域」が広がっています。つまり、普通の生活で営まれているもののうちのごく一部だけにしか「不要」なものはありません。
 「不急」という言葉にも同じことが言えます。「至急」行わなければならないものなどはごく僅かです。自分の周りにあるのは「どちらともとれる領域」に属しています。
 しかも、「不要」と断じてしまえば、それらはすべて「不急」であるはずです。「不要」は、「不急」をも含んでいるのです。
 「不要不急」という言葉は一種の強調語ですが、人の行為を「不要」と言うのは行きすぎです。それを「不急」と断じるのもおかしいと思います。「不要(な外出)」の1語だけでは強く響きすぎるから「不急(な外出)」を付け足したのでしょう。けれども、そんながんじがらめのような表現をして、人々を悩ませることになったのです。
 もちろん。コロナ禍の中で移動を抑えようという趣旨は理解できますが、それを「不要不急」という言葉に託すのはおかしいと思います。「(どうしても行かなければならない場合を除いて)外出や旅行を控えてください」と言う方がしっくり心に届くのではないでしょうか。
役所の言葉にはこういうものが多いようです。「安全安心」も似たような言葉です。ほんとうに安全である状態であるのなら、人は安心する気持ちを持ちます。言葉を重ねて強調しておかなければ、揚げ足を取られたらかなわないというような姿勢の表れかもしれません。

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