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2020年7月20日 (月)

ことばと生活と新聞と(150)

「手術」の発音のバラエティ


「手術」は発音しにくい言葉です。どのような発音になるかを、自分の周囲で眺めてみますと、正しく発音しようとして「しゅじゅつ」と言う人もいますが、その他にも「しゅじつ」「しじつ」「しうつ」「しゅうつ」などの発音をする人もあります。方言的な特徴かとも考えて、私は『明石日常生活語辞典』にはそれらの言葉をすべて記載しました。
 発音が崩れて「しうつ」と言うのは、正しく発音することをあきらめて、発音しやすい別の音で代用しようという意思がはたらいているようにも思えます。けれども、その場合も、他の言葉と混同するような発音を避けているように思われますから、工夫をしているように感じられます。
 井上ひさしさんの「ニホン語日記より(その二)」という題名の文章に、こんなことが書かれていました。

 この間まで「シンジク派」と「シンジュク派」の両派がひそかに対立していた。筆者の知るところでは、かつて下町の浅草から柳橋あたりにかけての人たちは「シンジク」と言っていた。けれども今ではたいがいの人が「シンジュク」と発語している。
 もっと凄い例がある。筆者が国立療養所で庶務係をしていた頃のこと、厚生省から次のような文書が届いた。
 〈「手術」のことを、それぞれ勝手に、シジツ、シュジツ、シリツ、シュジュツと発音しているようだが、これからは「シュジュツ」と統一するように。〉
 (井上ひさし、『井上ひさし発掘エッセイコレクション 社会とことば』、岩波書店、2020年4月10日発行、146ページ)

 ずいぶん昔の出来事のようですが、よほど発音が乱れているという判断をしたからなのでしょうか、厚生省(当時)から文書が届いたということに驚きました。書き言葉ならともかくも、話し言葉の発音を統一しようという意図のようで、そんなことは実現できるのかと思います。個人の状況で、正しく発音しにくい人もあったはずです。
 私が日常生活で聞く言葉遣いとよく似ていますが、私が耳にする「しうつ」がなくて、私の周囲では発音しない「シリツ」が入っています。こういうことこそが地域的な特徴と言えるのかもしれません。
 今どきの言葉は外来語でしょう。「オペ」などという言葉を使う人が増えているのかもしれません。そういうことを思い浮かべると、昔は正しい発音の日本語を守ろうという意識が強かったのであろうと、懐かしい気持ちにもなりました。

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