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2020年7月 6日 (月)

ことばと生活と新聞と(136)

「お疲れ様です」と「お疲れ様でした」


 日常的な挨拶の言葉に悩むことがあります。「ご苦労様」をすべての人に向かって言うのはよくない、「おはようございます」は何時頃までなら使えるのだろう、「こんにちは」という短い挨拶は失礼ではないか、などと考えると、思案をしてしまうことがあります。
〈疲れてなくても「お疲れ様です」 便利だけど…?〉という見出しの記事がありました。海外経験のある赤塚りえ子さんに聞いた話をまとめたものです。次のようなことが書かれていました。

 2006年に12年間過ごした英国から日本に戻った時、驚いたのが「お疲れ様です」の嵐でした。メールはもちろん、オフィスのあいさつも電話もです。そんなに疲れているとは思えない朝から、一日中「お疲れ様です」が続くので、「一体これは何なんだろう」と不思議で、辞書やネットで語源や使い方を調べたほどでした。 …(中略)…
 「みんな疲れている」という共通認識があるから、「お疲れ様です」とねぎらい合っているのかもしれない。そう感じるようにもなりました。
 最初のうちは、どのタイミングで使うのかが分からず、戸惑いの連続でした。でも少しずつ、「こんにちは」とか「さようなら」のような軽いあいさつの代わりなんだ、と理解しました。確かに、メールの書き出しが「こんにちは」だと、ちょっとなれなれしい。「お疲れ様です」はすごく便利な言葉だと分かりました。今では「とりあえず書く」まで日本社会に順応してしまい、あいさつでも、うまく使えちゃう自分がいます。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年6月4日・朝刊、13版S、11ページ、「論の芽」、田中聡子)

 疲れているかいないか分からない人に向かって「お疲れ様」は使いにくいと思います。私は、メールの冒頭に「お疲れ様です」と書いたり、帰りの電車で出会った友人に「お疲れ様です」と言うことはしません。私がこの言葉で挨拶をされたときの気持ちは複雑です。疲れていないよ、と言いたいときがありますが、そんな言葉は口には出しません。単なる挨拶語だと思っているからです。挨拶として「お疲れ様です」を使うことは、私の場合は、ありません。書き言葉として「お疲れ様です」と書くことはありません。押しつけがましいと感じるからです。
 けれども、「お疲れ様」を全く使わないかと言うと、そうではありません。相手が確実に疲れていると思われているときには「お疲れ様でした」と言います。その人の仕事ぶりなどに一日中、接していた場合などには、腹の底から「お疲れ様でした」と言います。
 ここまで書くとお分かりになったと思いますが、私は「お疲れ様です」という現在表現の軽い挨拶言葉は使いませんが、本当に疲れていると思われるときには「お疲れ様でした」という過去表現で、ねぎらいの気持ちを表すことはするのです。職場の同僚に「お疲れ様でした」という別れの挨拶をすることには抵抗感は持ちません。
 【ブログの文章は、前もって書いたものを、1日につき1編ずつを載せています。この文章は、あらかじめ7月3日に朝日新聞社東京本社あてにメールで送りました。その翌日7月4日の朝刊に、この話題についての特集記事が掲載されました。】

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