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2020年8月 1日 (土)

ことばと生活と新聞と(162)

ドミノと将棋はどう違うのか


 ドミノという言葉の意味は、『三省堂国語辞典・第5版』によると、「西洋カルタの一種。表面にさいころの目のように、一から六までのしるしを二つつけた、長方形のふだ」とあります。同じ辞典に「ドミノ倒し」という見出しがあって、「ドミノに使うふだを、少しすきまをあけて数多く立てて並べ、はしの一個を倒すと将棋倒しのようにつぎつぎと倒れ続けていくもの」という説明があります。この辞典には「ドミノ現象」という見出しもあって、「〔ドミノ倒しのように〕同じことが次から次へ連続して起こること」と説明されています。
 河井克行、案里容疑者の逮捕に関して、次のような見出しの記事がありました。

 カネ受領 言い訳ドミノ / 丸刈り 安芸高田市長「反省」 河井夫婦事件 / 1日で9議員 / 案里議員秘書 控訴
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年6月27日・朝刊、14版、35ページ、見出し)

 社会面(35ページ)の半分のスペースを使った記事ですが、記事の中には「ドミノ」とか「ドミノ倒し」という言葉は一度も使われていません。取材記者はきちんと言葉を選んで記事を書いているのです。
 同じ日のコラムの文章を引用します。

 広島の政界では今、ドミノ倒しのように「実はもらってました」という告白が続いている。衆院議員、河井克行容疑者による現金配布先とされていた地方政治家たちである。謝罪の記者会見で涙を見せる市議もいて、さながら懺悔ドミノだ
 ある市長は反省の印に丸刈りになっており、浪花節的でもある。昔の歌謡曲のような台詞も飛び出した。今まで黙っていた理由は、「2人だけの秘密」だと河井議員から念を押されたため。秘密を守るのは「2人の約束」だったらしい
 約束は少し前まで律儀に守られていた。社会学者ジンメルによる指摘が当てはまるか。2人あるいは二つの集団の一切の関係は「そこに秘密が存在するか否か、さらに秘密がどれほど存在するかの問題によって性格づけられる」と『社会学』で述べている
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年6月27日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 新聞に見出しを付ける整理部記者は「ドミノ」という言葉が好きなようです。さらに輪をかけたように「天声人語」の筆者は、「ドミノ倒し」「懺悔ドミノ」という言葉を使っています。取材記者が使わない言葉を、彼らより上の位置にある人が使っているのです。なるべく衝撃的な言葉を使おうとする意図が働いているのでしょう。
 そして、4日後に、次のような見出しの記事がありました。

 わびる首長 辞職ドミノ / 安芸高田市長が表明 3人目 河井夫妻事件 / 「被買収」返金しても罪の可能性
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年7月1日・朝刊、14版、27ページ、見出し)

 6月27日と同様に、社会面(27ページ)の半分のスペースを使った記事ですが、この日の記事には、段落の冒頭に「ドミノ」という言葉が使われています。

 「告白ドミノ」から「辞職ドミノ」へ--。広島県内の首長2人の辞職と辞職表明が30日、相次いだ。「明日はわが身かも」。現金を受領した議員からは、進退を思い悩む声も漏れる。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年7月1日・朝刊、14版、27ページ、東谷晃平)

 7月1日の記事についての推測ですが、〈「告白ドミノ」から「辞職ドミノ」へ--。〉という言葉は、取材記者が唐突にこんな言葉を使うようには思えません。整理部記者が「ドミノ」という言葉を使いたくて、「告白ドミノ」「辞職ドミノ」という言葉を作って記事に割り込んだ表現を加えて、それを見出しにも使おうとしたのではないでしょうか。

 それにしても、不思議に思うことがあります。「将棋倒し」と「ドミノ倒し」とは、意味が似通っているのに、「カネ受領 言い訳ドミノ」「辞職ドミノ」とは言えても「カネ受領 言い訳将棋」「辞職将棋」とは言えません。なぜなのでしょうか。「ドミノ」という言葉には「ドミノ倒し」という意味を込めてしまっているのです。あるいは、字数の関係から「倒し」という言葉を切り捨ててしまっているのです。
 群衆の事故などで「将棋倒し」という言葉を使うときには、わずか10人程度による事故には使わず、何十人、何百人のときに使うでしょう。それに対して「ドミノ倒し」は3人であっても使いますし、10人程度でも使います。数字が異なるのです。「将棋倒し」のような数字でなくとも、僅か数人でも「ドミノ倒し」と言い始めたのは、整理部記者やコラム執筆者であるのかもしれません。いかにも粗雑な言葉遣いです。
 別の話題になりますが、「天声人語」の用字について、おかしいと思うことがあります。「2人あるいは二つの集団」という表記です。「2人」と「二つ」の用字の違いは理解できません。「天声人語」を書き写すことを生徒・学生に推奨するのなら、用語・用字の基本的な考え方を示す必要があります。学校教育に介入しようとするのなら、責任がついてまわることを自覚しておく必要があります。
 文字数の関係で漢字と仮名とをいじることもやめてください。「今」と書いたり「いま」と書いたりすることをはじめとして、毎朝見るコラムは用字が混乱しています。学校教育にとっては実に迷惑なことです。
 用語にも気をつけてください。「ドミノ」などという言葉を使うよりも、もっと適切な言葉を選ぶというのはもちろんのことです。

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