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2020年7月16日 (木)

ことばと生活と新聞と(146)

前倒しはあっても、「後ろ倒し」はない


 新型コロナウイルスの感染拡大によって、高等学校などで休校が実施されて、地域や学校ごとの学習進度に差が生まれています。大学入試の日程や出題範囲をどうするかということも考えなければならないことになりそうです。
 入試日程のことについては、例えば、後ろの日付に変更するのが自然なのかもしれませんが、そうすることをどう言えばよいのでしょうか。普通に考えれば、「延期」「日延べ」「繰り延べ」「繰り下げ」などの言葉が思い浮かびます。
 このことを報じる新聞記事の見出しが、〈大学入試 日程どうなる? / 後ろ倒しか 予定通りか / 高校 意見分かれる / 多くの大学は「予定通りに」〉となっていました。その記事の一部を引用します。

 コロナ禍の休校で地域や学校ごとの学習の進度に差が出ている高校側は、後ろ倒しを求める意見も根強い。 …(中略)…
 今月上旬に全高長が全国の高校に行ったアンケートでは、大学入学共通テストを予定通り来年1月16、17日に実施すべきだと答えた高校が約7割、2週間や1カ月程度の後ろ倒しを求める高校が約3割だった。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年6月17日・朝刊、14版、28ページ、伊藤和行・宮坂麻子)

 この記事の中には、この他の場所にも「後ろ倒し」という言葉が出てきます。まるで市民権を得た言葉のように使われています。
 国語辞典には「前倒し」は載っていますが、「後ろ倒し」は載っていません。人の姿を想像してみてください。後ろから押して前に倒すということは、危険が伴いますが、自然な倒れ方です。それに対して、「後ろ倒し」は、前から突っかかってきて後ろの方に倒し込むという乱暴な姿を思い浮かべます。「前」の対語は「後ろ」だというような、単純な考え方ではなくて、人の姿を思い浮かべながら、人々は言葉を使ってきたのです。「後ろ倒し」というような、人間の生理や心理に逆行するような言葉を使うことを避けてきたのは、日本の人々が心を大切にしていることのあらわれです。
 そういうことが失われつつあるのが日本語なのでしょうか。残念に思います。
 そもそも、全高長が全国の高校に行ったアンケートで「後ろ倒し」という言葉は使われていたのでしょうか。「後ろ倒し」は記者が使った言葉なのでしょうか。たぶん、報道に携わる人たちが使い始めた言葉であろうと思います。
 「後ろ倒し」というような下品な言葉を使わなくても、前述のように、日本語には「日延べ」「繰り延べ」「繰り下げ」などという言葉が、豊富に存在しています。記者の身に付いた言葉ではなく、よりよい表現を探して文章を書くのも記者の務めだと思います。仮に大学や高校の関係者が「後ろ倒し」という言葉を使ったとしても、望ましい言葉に言い換えるという姿勢を持ってほしいと思うのです。

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