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2020年8月10日 (月)

ことばと生活と新聞と(171)

「んん」という言葉


 松井簡治、松井驥、松井栄一さんは、3代にわたって『日本国語大辞典』(小学館発行)の編集にそれぞれの一生を捧げられたことはよく知られている事柄です。その松井栄一さんが書かれた『日本人の知らない日本一の国語辞典』を読みました。
 その中に、こんな一節がありました。

 ある辞書の「慨嘆」の項目には、
「戦後の女性の言葉つきはまことに慨嘆に堪えない」
 とありました。編集者は戦前派でしょうか。嘆きの声がまさに聞こえてくるようです。また、「かくて」の項目の例は、
「戦争犯罪人として投獄され、かくて十年の歳月を獄窓に送った」
とあり、時代の空気が反映されています。
 そして、その辞書の最後の項目をみると、それは「んん」という感動詞。
「んん、やっと終わったんだよな」
という感慨を表した例が示されており、私も思わず笑ってしまったものです。
 (松井栄一、『日本人の知らない日本一の国語辞典』、小学館(小学館新書)、2014年4月6日発行、143~144ページ)

 文章の流れからすれば、「戦争犯罪人として投獄され、かくて十年の歳月を獄窓に送った」人が、その10年が果てたときに「んん、やっと終わったんだよな」という思いを口にしたように受け取ることができます。
 それとともに、辞書の編集に携わった人が、最後の項目の「んん」にたどりついて、「んん、やっと終わったんだよな」という重い感慨をつぶやいたようにも感じられます。
 ところで「んん」という言葉を見出しにしている『三省堂国語辞典・第5版』は、この言葉を次のように説明しています。

 「ん」をのばした形。ことばがすぐに出ないときに使う。

 咄嗟に言葉が出ないときに口にするのが「んん」という言葉だという説明です。三省堂国語辞典の説明は正しいと思いますが、「んん」という言葉の使い方のひとつの方向を示しているだけです。「んん」には、「んん、やっと終わったんだよな」という、重い感慨を表すこともあるのです。
 私が編集した『明石日常生活語辞典』には「んん」という見出しを設けていません。「ん」という感動詞については、次のように記述しています。

ん《感動詞》 ①相手に呼ばれて応答したり、相手の言葉を聞いていることを示したりするために発する言葉。「ん・ なん(何)・か・ ゆ(言)ー・た・かいなー。」②相手の言うことを承知したり同意したりしたときに発する言葉。「ん・ わし・に・ まか(任)し・とい・てんか。」〔⇒はあ、はい、うん、へい、へいへい〕

 この「ん」が時には「んん」という発音にもなるのですから、「んん」という見出しも作ればよかったのかなぁと思っています。
 『明石日常生活語辞典』の最後の見出しは次の言葉です。ご参考までに記しておきます。

んやけど《接続助詞》 何かのつながりで、対比されることがらを続けて言うことを表す言葉。「つよ(強)ーに・ ゆ(言)ー・た・んやけど・ き(聞)ー・てくれ・なんだ。」〔⇒もんやけど、けど、けども、けんど、けんども、ところが〕

 話し言葉の世界で言うと、国語辞典の採集項目は「んんんんんん……」などという表現も可能になるように思います。冗談ではなく、真面目な話です。

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