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2020年9月18日 (金)

ことばと生活と新聞と(210)

コロナの「持ち込み」という言葉


新型コロナウイルスの感染が広がっている中で、私たちひとりひとりがマスクを着けるのは、もし自分が感染していたら周りの人たちに感染させないためであり、もし周りの人たちが感染していたら自分が感染しないためです。その気持ちに偽りはありません。
 一方、新型コロナウイルスは日本国内が発生源ではありません。外国から帰国した日本人、または日本に入国した外国人によって、日本国内にもたらされました。日本の玄関口である東京に感染者が多いのは理解できます。
 帰国者や外国人が(主として)東京を経由して、全国各地に移動しましたから、感染者が全国に広がったことは理解できます。東京に感染者が多いこと、Go Toトラベル事業で東京着発を除外したことは、そういうこととも関連しているでしょう。
 けれども、今となっては、全国に広がってしまっているのですから、周りの人に感染させない、周りの人から感染させられないという心構えで、感染防止に取り組まなければなりません。
 次のような記事はどう考えるべきなのでしょうか。

 徳島県では7月29日にJR徳島駅のビルに入る物産店員の50代女性の感染が判明し、その後に女性の娘と、別の物産店員の女性の感染もわかった。飯泉嘉門知事は同30日、「『Go Toトラベル』でお客さんが増え、県外からの(ウイルスの)持ち込みが多い」と発言。8月1日からは徳島空港で到着客に対するサーモグラフィーによる検温が始められた。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月6日・朝刊、14版、25ページ)

サーモグラフィーによる検温は、ホールや球場やデパートなどでも実施されていますが、それは一つの手段でしかありません。体温が平常である人は感染していないとは言えないでしょう。私たちはいくつもの「次善の策」を重ねてコロナ禍に対応しようとしているのでしょう。
 ところで、「県外からの持ち込み」ということを言うのならば、すべての都道府県が同じ主張ができるように思います。東京にしても元々は「国外からの持ち込み」によるのでしょう。
 「(国外や県外からの)持ち込み」は厳然たる事実として存在するのですが、そして、感染者の何%かは明らかに「県外からの持ち込み」と断定してよいのでしょうが、私たちはそのような、あからさまな表現を避けてきているのだと思います。
 これまで感染者のいなかった市町村に初めて感染者が見つかった場合は、「あの人が、私たちの地域にコロナを持ち込んだ」ということになってしまいます。たとえ個人のプライバシーが守られるにしても、「誰かが持ち込んだ」という意識(思い)は残るでしょう。
 インフルエンザなどでは「持ち込み」などという言葉を使うことはなかったと思います。新型コロナウイルスでそんな言葉を使うのは、敏感な意識のあらわれなのでしょうが、言葉遣いが敏感になるのは考えものです。

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