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2020年9月29日 (火)

ことばと生活と新聞と(221)

「〇〇中」という言葉


 「暑中」の時期が過ぎ、残暑も過ぎ、秋の風情が深まってきました。今年は立秋が過ぎても、ずっと「暑中」の時期が続いたように思います。
 さて、駅の時計や発車案内板に、「故障中」とか「修理中」とか「調整中」とか書いた紙が貼られていることがあります。道路などにも「工事中」の文字を見かけます。動詞にあたる言葉に「中」という文字がついた言葉について考えます。
 「〇〇中」の「中」という言葉は、それが行われている最中であったり、そのような状態が続いている(あるいは、その内容が変化している)ということを表しているように思います。まったく同じ状態で放置されているような場合は「〇〇中」にあたらないように思うのです。
 修理・調整・工事などが行われていることが目に見えたり、実感できたりする場合は「〇〇中」という言葉に当てはまりますが、何もしないで長時間にわたって放置されているような状況では、「〇〇中」に該当しないように感じるのです。
 したがって、「故障中」というのは故障の内容が変化をし続けている(例えば、よくなったり悪くなったりしている)ような印象があります。故障のままで放置されているのであれば、「故障」という表示の方がよいように思います。
 修理が始まっておれば「修理中」ですが、そうでなければ「修理予定」というに過ぎないでしょう。目の前で工事や調整が行われておれば、「工事中」「調整中」ですが、そうでなければ「予定」に過ぎません。
 「〇〇中」という言葉をすべて止めてほしいと言っているのではありません。「発売中」「売り出し中」などは、しだいに売れていくという変化がありますから、おかしさは感じません。「旅行中」「出張中」「会議中」「競技中」「試合中」「食事中」なども、その途中にさまざまな推移や変化があるでしょうから違和感はありません。しかも、これらには、いつからいつまでという時間の限定が伴うことが多いのです。
 漠然と期限もなくて「故障中」「修理中」「工事中」と言われたら、心が穏やかでないのです。そういう意味では、北朝鮮拉致問題について、「問題に取組中」などという言葉が発せられても、漫然とした印象しか残らないように思うのです。

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