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2020年9月 4日 (金)

ことばと生活と新聞と(196)

「こうと」という言葉


 幸田文さん(1904年~1990年)の『木』というエッセイ集は、筆者が86歳で亡くなった後、1992年に刊行されました。木にまつわる15編の文章が収められている本は、のちに文庫本に収められました。
 その中の1編に「木のきもの」という文章があります。樹木の幹の装いを、木は着物をきていると見なして書かれた文章です。若杉の様子を書いた一節にこんな表現があります。

 木綿一つにもいろいろあるのと同様、樹皮もよく似たものが沢山あるので困る。まずせいぜいがすらりと伸びた若杉に出逢って〝お、これはこれは。お召物よく似合っておみごと。粋で、こうとで、人がらで、いい青年だな〟とみとれて楽しむくらいなところである。
 (幸田文、『木』、新潮文庫、1995年12月1日発行、76ページ)

 「粋で、こうとで、人がらで、」という表現に驚いたのです。「こうと」という言葉は国語辞典に出ていません。私の住んでいる地域(兵庫県明石市)の辺りでは、ときどき使う言葉です。だから、方言だと認識していました。
 けれども、方言とすると、東京生まれの幸田さんと、生まれてからずっと明石に住んでいる私とが同じ言葉を持っているのが不思議です。しかも『日本方言大辞典』を引いても「こうと」は載っていないのです。
 『広辞苑・第4版』には出ていました。

 こうとう【公道】(コウトとも。本来は公平の意)
 ①きちんとしていること。
 ②はででないこと。けばけばしくないこと。じみ。質素。実直。
 ③倹約であること。けちであること。

 方言辞典に載っていなくて、小型の国語辞典にも載っていないということから判断すると、「こうと」はもともと全国共通語であるが、現在はほとんど使われていないということでしょう。幸田文さんの使っている意味としては「②はででないこと。けばけばしくないこと。じみ。質素。実直。」にあたると思います。
 さて、私は『明石日常生活語辞典』にこの言葉を収録しています。引用しておきます。

 こうと〔こーと〕《形容動詞や(ナ)》 着物などが、落ち着いていて地味である様子。質素で上品な感じがする様子。「その・ きもの(着物)・は・ え(良)ー・けど・ あんた・に・は・ ちょっと(一寸)・ こーとと・ ちゃ(違)う・やろ・か。」

 それで思い出すのは「ながたん」という言葉です。これはもともと全国で使われていましたが、今では全国あちこちの地域に方言として残っています。「菜刀」つまり菜を切る刀であり、包丁のことです。「ながたな」の発音が変化して「ながたん」になったのです。東北から九州までのあちこちに残っている言葉ですが、明石では使いません。もともと全国共通語ですが、今では方言という扱いになっています。「こうと」という言葉も、それと同じように考えられる言葉であるのかもしれません。

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