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2020年9月10日 (木)

ことばと生活と新聞と(202)

「合わせ鏡」という言葉の使い方


 自分で使ったことのない言葉は、どのような場合に使ってよいのかわからないことがあります。まして、その言葉の用例が国語辞典に載っていない場合には困ってしまいます。そのような言葉は使うことを避けることになりがちです。
 けれども、そのような言葉を使っている文章を読むことがあります。それが正しい使い方であるのかどうか、わからないことがあるのです。
 私にとっては、「合わせ鏡」という言葉が、それに当たります。こんな文章を読みました。

 白状すると、わたしは満腹感が曖昧であるのと同様、空腹感も曖昧である。いわば合わせ鏡だ。胃に隙間があると感じると、隙間の大小にかかわらず、わたしは「お腹が空いている」ことにする。つまり、「もう動けない」状態以外は空腹にしてしまうのだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年7月18日・朝刊、be7ページ、「作家の口福」、朝倉かずみ)

 ここに書いてある内容は私も同感です。私も若い頃は、胃に隙間があると「空腹」の範疇に入れていたように思うのです。
 さて、言葉の問題です。『三省堂国語辞典・第5版』を見ると、「合わせ鏡」とは、「うしろすがたを見るために前後から鏡でうつすこと。」と説明されています。他の国語辞典もほぼ同じ説明で、用例は記載されていません。つまり、「鏡」という物体の名であったり、「うつすこと」という動き・状況のこととして説明しています。
 上記の文章は、満腹感が曖昧であることと、空腹感が曖昧であることとを「合わせ鏡」と表現しています。心理状態のようなことを「合わせ鏡」と表現してもよいのか、その場合はどんな関係にあるものを「合わせ鏡」と表現してよいのかが、わからないのです。
 小型の国語辞典に比べると、『日本国語大辞典』には、さすがに詳しい説明が載っています。こんな書き方です。

 ①二枚の鏡を合わせ、後ろ姿などを見ること。また、前面の鏡に対し、柄のついた小さな手鏡をいう。
 ②相手の気に入るように、調子を合わせること。お座なりに言葉の銚子を合わせること。おせじ。
 ③二枚の鏡に同じ物を映したように、きわめて似ていること。瓜二つ。

 上記の文章で使われている意味は、①②ではなくて、③ですが、形のあるものについて述べる場合はわかりますが、形のないもの(心理状態など)を「合わせ鏡」と言ってよいのかどうかが、判断できません。
 そして、満腹感が曖昧であることと、空腹感が曖昧であることとは、「曖昧であること」は共通しているのですが、「満腹感」と「空腹感」とは瓜二つとは言えないと思います。このような使い方の当否を国語辞典によって判断したくても、それに答えてくれないという言葉の例は、他にもいろいろあるのでしょう。

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