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2020年10月30日 (金)

ことばと生活と新聞と(252)

数字が枯渇するのか


 枯渇というのは、水が涸れるということや、物が尽きてなくなるということを表す言葉です。資源が枯渇する、というような使い方をします。数字や数値が枯渇する、とは言わないように思います。
 こんな文章がありました。

 先日、出勤中にアルファベットが交じったナンバーの車を見かけた。2年前から一般車にも使われるようになったことは知っていたが、見たのは初めてだ。
 導入理由は1998年に始まった希望ナンバー制度にある。一部のナンバーに人気が集中し、枯渇対策としてプレート右上の「分類番号」にアルファベットが導入された。 …(中略)…
 人気ナンバーは抽選対象で、「1」は数十倍の競争率になることも。「1122(いい夫婦)」などの語呂合わせも人気で、富士山周辺では標高と同じ「3776」への希望が多いなど地域性もあるという。
 (読売新聞・大阪本社発行、2020年10月20日・夕刊、4版、8ページ、「キーボード」、上田友也)

 車のナンバーは文字や数字を使って表しますが、主体になっているのは数字です。数字4桁と仮名文字との組み合わせでは限界があるのは当然ですが、その限界に達することを「枯渇」と言うでしょうか。何でも熟語で表したいという気持ちはわからないでもありませんが、本来の日本語を使って表してもよいでしょう。あてることのできるナンバーが「少なくなった」とか「なくなった」ということでしょう。「枯渇」という文字から受ける印象は、気持ちのよいものではありません。
 もう一つ、別の問題があります。「導入理由は1998年に始まった希望ナンバー制度にある」ということは、希望ナンバー制度を導入しなかったら、こんなことにならなかったということですね。ということは、希望の少ない(あるいは、嫌われる)ナンバーは使っていないということでしょうか。
 もしそうであったら、美味しくないものや新鮮でないものを食べないで捨てている、どこかの国の食料事情と同じように思われます。食品ロスと同じように、数字も使わないで捨てているのでしょうか。手前勝手な国民性がこのまま続いてよいとは思えません。

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