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2020年10月23日 (金)

ことばと生活と新聞と(245)

「CF」、恐る恐るから、堂々とへ


 前回に書いたことの具体的な例は、日常的に紙面に現れています。これもその一例です。
 〈「自分事」広がるCF支援 / コロナ禍 住まい提供へ1.1億円〉という見出しの記事があります。「CF」には大きな文字で「クラウドファンディング」という振り仮名が付けられています。もちろん「CF」の文字数よりもカタカナの方が長いのです。そんなにまでしても「CF」という文字を読者の頭に印象づけようとしています。
 この記事の冒頭を引用します。

 インターネット上で資金を集める「クラウドファンディング」(CF)が、新型コロナウイルスの感染拡大で苦境にある人たちの大きな支えになっている。1億円超の資金を集めるプロジェクトも相次ぐ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月1日・夕刊、3版、7ページ、神田誠司)

 この言葉が耳慣れないということからでしょうか、この記事には「クラウドファンディング」の説明が載っています。

 英語で群衆を意味するクラウド(crowd)と資金調達を意味するファンディング(funding)を組み合わせた造語。インターネットのサイトを経由して多くの人から少額の資金を集める仕組みやサービスを表す。出資に対する見返りの有無などで「寄付型」「購入型」「投資型」などに分類される。コロナ禍では客の減った商店や映画館を支援したり、医療機関にマスクを贈ったりと様々な目的で活用されている。日本には「レディーフォー」のほかにも「キャンプファイヤー」「マクアケ」など多くのサイトが存在する。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月1日・夕刊、3版、7ページ)

 新聞は、言葉の説明が必要なものであっても、略語を使うのです。
 続く記事も、「CF」に「クラウドファンディング」という振り仮名を付けた見出しです。〈CFの利用急増 / コロナ禍の支え / 手数料ゼロ 8割が「初心者」〉という見出しです。
 この記事の冒頭を引用します。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、インターネットで不特定多数から資金を集めるクラウドファンディング(CF)の利用が急増している。資金を迅速に調達したい事業者と、資金の出し手がともに増え、すそ野を広げる取り組みも普及を後押ししている。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月11日・朝刊、14版、3ページ、木村裕明)

 この記事にも「クラウドファンディング(CF)」についての言葉説明が付いています。まだ耳慣れない言葉であるという配慮からでしょう。
 そういう状況が続いた1か月後、今度は堂々と「CF」だけで見出し語として独立しています。〈ビニール傘発明会社CFで再起へ / 災害にもコロナ禍にもマケズ〉という見出しです。東京都台東区の「ホワイトローズ」という会社を紹介した記事ですが、見出しは「CF」で、本文は「クラウドファンディング」という言葉です。2つの言葉の結びつきは書かれていません。

 千葉県の同社工場が東日本大震災、昨年の台風と相次ぐ自然災害で再建不能に。「国産ビニール傘の火を消したくない」と、クラウドファンディングで集めた資金で新工場に移り、再起を図っている。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月15日・夕刊、3版、6ページ、杉浦達朗)

 これまでに何度も書いていますが、見出しは記事を整理する人が付けたのです。本文は「クラウドファンディング」を使っていますが、それを「CF」と書いたのは整理部の担当者です。遠慮がちに使っていても、一挙に、堂々とした使い方に変化するのですね。
 それにしても、記事で使われている「クラウドファンディング」というカタカナ外来語は、日本語で表現できないのでしょうか。言葉の説明で使われている語を使えば「群衆資金調達」と言えます。「群衆」という言葉は「多数者」「大衆」「不特定者」などに置き換えてもよいでしょう。新聞記者には、日本語〈漢字〉は野暮ったい、外来語(カタカナ)は洗練されているというような先入観があるのでしょうか。こんなやり方をしていると、カタカナ外来語の数は、無限に増えていきます。
 ところでその後、CFでない見出し語が現れました。こんな見出しです。

 自主映画で スタッフと劇場を支えたい / コロナ苦境 クラウドファンディング実施中
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月18日・朝刊、13版、23ページ、見出し)

 この記事では建った一カ所だけ、「製作費は自己資金とクラウドファンディング(CF)で調達し、」という表現があるだけです。それでも「CF」という略語は提示しておこうという意図が見られます。見出しの書き方については、許容される文字数の範囲で臨機応変にという姿勢、別の言い方をすれば、その場その場に応じて適当に書いている感じです。一貫性がありません。
 政治家たちが目の前のことだけに夢中になって遠くまでの視野を持っていないのと同様に、新聞社も日本語の将来を見通す力に欠けているのかもしれません。目の前の小さな事から努力をしていくという姿勢が抜けてしまっているように思われます。
 ついでながら、「CF」という略語は、広告宣伝用のテレビ・映画(commercial film)という意味でも使われますし、サッカーやアイスホッケーなどの中央の前衛(center forward)という意味で使われます。別々の意味を表す言葉が増えるのは、望ましいことではありません。

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