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2020年10月26日 (月)

ことばと生活と新聞と(248)

文字の使い方の乱暴さ


 同じ言葉であっても文字の選び方によって印象は異なります。ひらがな、カタカナ、漢字を使い分けることなどによっても効果は違ってきます。
 広告の文字などにはそのような効果を狙ったものがありますが、新聞は正統的な文字遣いをして、人々に示すべき務めがあると思います。
 そもそもニュース報道を放棄して、夕刊の報道姿勢を放棄してしまっている新聞の紙面づくりには愛想を尽かしていますが、セット販売とかで、夕刊の購読を辞退することができないのは残念なことです。
 夕刊の1面には、しばしば読み物が掲載されます。どうしてこんな読み物が選ばれるのだろうかと疑問になることは、日常の茶飯事のようになっています。
 ある日の夕刊1面記事の見出しは、次のようなものでした。

 みらくるな物々交換 / 大阪のNPO「コロナ禍で支援活動」 / まるで「わらしべ長者」換金し寄付計画
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月23日・夕刊、3版、1ページ、見出し)

 「ミラクル」という言葉は、普通はカタカナ書きをするでしょう。外来語をひらがな書きにすることは、商品名やキャッチコピーなどに広がっていますが、それに追随することは新聞の方向としては正しいことなのでしょうか。そもそも1面トップニュースの言葉として「ミラクル」は大げさです。よほどの大事件かと誤解しかねません。しかも「みらくる」というひらがなになっています。
 なぜ「みらくる」という書き方にしたのかは記事を読めばわかります。NPO法人の名前が「みらくる」であるのです。迎合するのも甚だしいと思います。その法人の宣伝に一役買っているという感じです。

 もう一つ、別の例を書きます。こんな見出しの記事がありました。

 菅政権発足 主権者には力がある、夜露死苦。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月30日・朝刊、13版S、11ページ、「多事奏論」、見出し)

 この文章は、文末に次のような表現があります。

 私たち、出がらし茶漬けになんでこんなに期待しちゃってるんだろ。世界には心躍る食べ物がたくさんある。メニューになければ自分で作ればいいのさ。私たち主権者にはそのちからがあるんだぜ。ね、そこんとこ夜露死苦。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月30日・朝刊、13版S、11ページ、「多事奏論」、高橋純子)

 筆者は編集委員だそうです。なんという言葉遣いでしょう。「夜露死苦」という言葉の他にも、人を食ったような言葉が山積しています。驚くしかありません。こういう文章を書く人が新聞社のリーダーであるのが不思議です。これでは、新聞の文章に気品を求める方が無理というものでしょう。「よろしく」を「夜露死苦」と書く文字遣いが、どこに出典があるのかは知りませんが、そういう文字を何の反省もなく使う筆者は、どういう心の持ち主なのでしょうか。しかも、その文字を見出しに使うように指示したのでしょう。主張されている内容に異論を申しているのではありません。言葉の感覚が喪失していることに対する批判です。
 以上の例から明らかでしょう。新聞社はNIE(教育に新聞を)などということを、学校に向かって推進しようという資格があるのでしょうか。私も新聞を使って生徒を指導してきました。かつては気品のある新聞が作られていたからです。もはや、大新聞といえどもそんな姿勢をかなぐり捨ててしまったようです。残念でなりません。

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