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2020年10月11日 (日)

ことばと生活と新聞と(233)

高層ビル群の谷間の「いっけんや」


 過疎地の人口が減って廃屋が増えています。首都圏の人口だけが増えて、日本の人々の住まいが変化しています。それに伴ってと言うべきでしょうか、「一軒家(いっけんや)」という言葉の意味も変化しているようです。もともとは、こんな使い方をしていました。故・市原悦子さんの言葉をもとに書かれている本に、こんな表現がありました。

 「疎開していった畑の中の一軒家には、以前住んでいらした方のお人柄がしのばれるように、とってもきれいにお花が植えてあったんです。青々とした生け垣にぐるりと囲まれて、藤の花、木犀の花、もちろんバラ、百日草、ボケの花、桜草、ツツジもありました。」
 (沢部ひとみ、『いいことだけ考える 市原悦子のことば』、文藝春秋、2019年12月5日発行、85ページ)

 近くに家が無く、一軒だけポツンと建っている家が「一軒家」です。ところが、現在の新聞記事では、こんな使い方になっています。

 住宅に使われる照明のスイッチが大きく変わる。国内シェア首位のパナソニックは、触れるだけでつけたり消したりでき、スマートフォンなどで遠隔でも操作可能な「次世代」のスイッチの導入を進める。 …(中略)…
 このスイッチを取りつける際、新たな電線工事は不要。一軒家で20カ所の照明を交換する場合、20万円前後の費用がかかるという。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月15日・朝刊、14版、9ページ、西尾邦明)

 つまり、一戸建て住宅のことを「一軒家」という言葉遣いです。この言葉遣いが成り立つならば、広い住宅団地に一戸建て住宅が何百戸も並んでいるような風景があるとすれば、「一軒家がびっしりと建ち並んでいる」という表現が成り立つのでしょうか。なんだか奇妙な表現のように思えます。
 もっとも、「一軒家」という言葉が、都会では使えないというわけではありますまい。例えば大都会に高層ビル群が建ち並び、その谷間に昔からの民家がひとつ残っているのならば「一軒家」と言っていいのかもしれません。山の中の一軒家や、野原の一軒家と変わらない様子になっているからです。
 一戸建て住宅という言葉があるのですから、別の意味を持つ「一軒家」という言葉をわざわざ使う必要は感じないのですが…。

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