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2020年10月20日 (火)

ことばと生活と新聞と(242)

「高札」「はんなり」「オーバーツーリズム」


 「祇園の高札 はんなり変化」という見出しの記事がありました。さすがに京都を話題にした記事は見出しからゆったりとした趣です。記事にはこんなことが書いてありました。

 京都市東山区の花街・祇園で、観光客にマナー向上を求める高札の一部が改められた。 …(中略)… 新型コロナウイルスの影響で観光客が減るのに伴って迷惑行為も減ったため、「はんなり」路線に変わった。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月16日・夕刊、3版、6ページ、佐藤秀男)

 高札というのは、昔、禁止事項や罪人の罪状などを書いて、人目のつくところに掲げた板のことです。京都では現代語の中にも高札という言葉が生きているのかと驚きました。カッコ付きで書かれていないから現代用語として使われているのではないかと思ったのです。
 「はんなり」は京都の言葉です。中井幸比古さんの『京都府方言辞典』には、「陽気で、明るく、ものやわらかな様。主に色彩に言う。」とあります。記事の場合は、言葉遣いがはんなりしていると言うのでしょう。
ゆったりとしたニュース記事ですが、同じ記事の中で、半年ほど前まではこんな様子であったと書いてある部分は、こんな言葉遣いです。

 観光客急増でオーバーツーリズム(観光公害)が問題化する中、お茶屋や飲食店の経営者らでつくるまちづくり協議会が、マナー違反者には「罰金」を科すと強気の文言を記して設置。 …(中略)… インバウンド(訪日外国人客)らが押し寄せ、道幅いっぱいに歩いたり、芸舞妓を追いかけ回して勝手に撮影したり。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月16日・夕刊、3版、6ページ、佐藤秀男)

「オーバーツーリズム(観光公害)」「インバウンド(訪日外国人客)」という書き方が気になります。「観光公害」「訪日外国人客」と書いても意味はじゅうぶん通じます。それを、わざわざカタカナ外来語を主にして、日本語の意味を従として、書き添えています。本末転倒です。
 この記事を書いた記者を責めるのではありません。新聞社の方針として、カタカナ外来語を主体にした文章を書いて、申し訳のように日本語を添えるというやり方を選んでいるように感じられるのです。
 そんなやり方はグローバルでも何でもありません。日本語で表現する工夫を放棄して、外来語に置き換えようとするような姿勢はやめてほしいと思います。人々にとって大切なことは、外国語の表現を覚える前に、しっかりした日本語を使えるようになることなのです。
 いくら英語の力が身についたとしても、日本語の力を超えた英語力を身に付けることはできないのです。新聞は率先して、人々を、日本語の力をそなえるように導くようにしてほしいと思います。

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