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2020年11月17日 (火)

ことばと生活と新聞と(270)

無限に広がる「〇〇活」「〇〇ハラ」


 この連載の(260)回で、文化庁の国語世論調査のことを書きました。引用した記事の中には、〈近年よく聞かれる「〇〇活」、「〇〇ハラ」という新しい表現についても調べている。いずれも5割以上の人が「自分は使う」としており、浸透していることが明らかになった。〉と書いてあります。
 誤解してはいけません。「自分は使う」という意味は、いくつかの「〇〇活」や「〇〇ハラ」という言葉を知って、使っているに過ぎないのです。「〇〇活」や「〇〇ハラ」の使い方が無限に広がっているのではありません。一般の人たちは、さまざまな言葉を組み合わせて「〇〇活」や「〇〇ハラ」という言葉を自作しているのではありません。新聞や放送で使う言い方を覚えて使っているのですから、「〇〇活」や「〇〇ハラ」として使う言い回しは限られたものに過ぎません。
 ところが新聞は誤解して、どんな「〇〇活」「〇〇ハラ」を使ってよいと誤解しているのです。まるで自分たちが言葉の先駆者であるかのような思い違いをしているようです。
 「〇〇活」にこんな例がありました。〈「ラン活」 ネットでも安心サービス〉という見出しの記事の本文を引用します。

 小学校の入学を控えた子どもにあったランドセルを探す「ラン活」。今年はコロナ禍で影響を受けた家族も多かったようだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月5日・朝刊、14版、8ページ、「新型コロナ 揺れる経済」、神山純一)

 「〇〇ハラ」にこんな例がありました。〈「リモハラ」へ武器 どう使う〉という見出しの記事の本文を引用します。

 コロナ禍が本書への共感を広げる。リモートワークが普及した結果、威圧的な態度や、仕事の「むちゃ振り」など「リモハラ」が顕在化している。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月7日・朝刊、13版、21ページ、「売れてる本」、常見陽平)

 活動に関するものは何であれ「〇〇活」と言ってしまえ、ハラスメントに関するものは何であれ「〇〇ハラ」と言ってしまえ、と考えていたら、とどまるところがありません。新聞がそんな姿勢を示してよいとは思いませんが、新聞には、まったく制御する姿勢が見られません。校閲の担当者は見て見ぬふりを続けているのでしょう。新聞が日本語のあるべき姿を導いているというような気持ちは皆無なのでしょうか。
 読者の中には、新聞が使っているのだから公認された言葉遣いだと思う人も多いことでしょう。NIEを通じて、若い人たちにも悪影響を及ぼしているのです。

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