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2020年11月14日 (土)

ことばと生活と新聞と(267)

「総合的・俯瞰的」という言葉


 首相が交代して、唐突に持ち出された言葉が「総合的・俯瞰的」です。総合という言葉の意味、俯瞰という言葉の意味はよくわかりますが、そんな言葉が現れ出なければならない理由が理解できません。人をごまかすには便利な言葉ですが、政治は人をごまかすためにあるわけではないでしょう。
 こんな文章を読みましたので、引用します。

 総合的・俯瞰的。菅義偉首相が繰り返すその言葉は、どんな意味を持つのだろう。辞書を引くと、総合は個々別々のものをまとめることで、俯瞰は全体を上から見ること。なるほど木でなく森を見よ、ということか
 日本学術会議の会員候補から6人を除外したのは「総合的・俯瞰的な活動を確保する観点から」だと首相は説明する。6人はものごとの全体を見る力のない人たちだと言うに等しい。彼らの学問をどう吟味したら、そういう判断になるのか
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月13日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 日本学術会議の問題には強い憤りを感じます。言葉遣いに限って言っても、俯瞰とは高いところから見下ろして眺めることです。俯瞰という言葉は、見る人の位置を示しています。首相が偉そうに人々を見下ろしているという印象です。常用漢字に入っていない漢字を無理に使って悪い感じを与えるのは下手ややり方です。
 さて、コラムの文章です。「6人はものごとの全体を見る力のない人たちだと言うに等しい。」という表現は、間違っていないでしょうか。
 首相は210人の全委員を「総合的・俯瞰的」に見ると、全体として良いとは言えないから6人を外した、と言っているのではないでしょうか。6人の一人一人を「総合的・俯瞰的」に見て判断したと言っているのでしょうか。(もっとも、6人を外した名簿を見たのだという詭弁を弄していますが…。)
 何人かをまとめて人選するときに「総合的・俯瞰的」という言葉の使い方は、全体として眺めてみる、という意味であると思います。一人一人を「俯瞰的」に見るというようなことは言わないでしょう。一人の人間を「総合的に見て判定する」とは言いますが、「俯瞰的に見る」などと言うことはないでしょう。そんな思い上がったような言葉遣いをする人は、政治の世界にもいないように思いますが、政治の世界はそんな優しいものではないのかもしれませんね。
 「6人(の一人一人)はものごとの全体を見る力のない人たちだ」というのではなくて、「6人が加わったら、ものごと(会議)の全体があやしい方向に動きかねない」というのが首相の考えなのではないでしょうか。それにしても度量の狭い、学問の価値のわからない政治家であることには変わりはありません。

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