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2020年11月10日 (火)

ことばと生活と新聞と(263)

「勝ちきる」とはどうすること?


 「坂道を上りきる」とは、途中であきらめることなく最終的な地点まで上り詰めるということです。「困りきっている」とは、それ以上の状態は考えられないほどの段階にあるという意味です。「相手を信じきる」とは、きっぱりとそういう状態になるということです。これらの事柄は、自分ひとりに関わることを述べる場合に使われるように思います。
 スポーツに関することで言うと、「全力を出しきる」というような言い方はよく耳にします。これも自分(複数の人たちの場合もあります)の立場を表現しています。ところで「勝ちきる」というのはどういう状況を言うのでしょうか。相手との優劣を競う場合の使い方です。
 ひとつの試合の中で、劣性を示すこともなく、始めから終わりまで優位な位置を示すことを表しているとも思いますが、劣性であったものがそれを跳ね返して最終的に勝つことも表すように思います。
 ひとつの試合でも言えそうですし、シリーズとなっている試合でも言えるようです。「勝ちきる」という言葉だけでは、具体的な状況を読み取ることは難しいように思うのです。こんな見出しの記事がありました。

 桐生、勝ちきったのは大きい
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月4日・朝刊、14版、15ページ、「朝原宣治の目」)

 100メートル競走は瞬時に勝敗の決着がつきます。本文では、「日本記録保持者のサニブラウン・ハキームが欠場したとはいえ、桐生祥秀にとって勝ちきったことが大きい。」という1カ所だけに「勝ちきる」が使われています。本文から判断すると、どうやら、10秒27という優勝タイムの始めから終わりまで、優勢を保ったということを「勝ちきる」と表現しているように思われます。
 けれども、「最後まで戦いきって敗れた」という言い方はあるにしても、「勝ちきった」という言い方は、なんとなく耳慣れない言い方です。「勝つ」と「勝ちきる」にどんな違いがあるのかということを考えると、勝者を称える気持ちがこんな言い方を生み出したのかと思われてくるのです。

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