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2020年11月15日 (日)

ことばと生活と新聞と(268)

文字が「目」のものになっていく


 どこの国の言葉であっても、言葉は文字のない世界で生まれ、のちに文字が考案されました。口で話し、耳で聞くのが言葉でした。今では文字で書かれた言葉を朗読することが少なくなりました。
 文字は目で読むものという意識が強くなりました。耳で聞いたら区別のつかない言葉であっても、目で見たら区別がつけばよい、というような考え方も強くなりました。新聞やテレビの世界でそれが増幅しているようです。
 こんな記事がありました。

 今回は衣小に注目したい。ちなみに衣装でなく〝衣小〟と表記するのは、貴金属類、カバン、靴、眼鏡など小道具も衣装の一部と捉えて表される造語だ。そんな衣小を決めるのは、「衣小合わせ」と呼ばれる撮影前の重要行事。単に試着や採寸をするだけでなく、衣小を通して、キャストとスタッフが一枚岩となって役柄のイメージを作り上げ、役に命が吹き込まれる始まりの場である。 …(中略)…
 そんな七人を彩る個性豊かな〝衣小〟にもぜひ注目してほしい。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月13日・朝刊、14版、25ページ、「撮影5分前」、浜田壮瑛)

 「こだわり抜いた〝衣小〟」という見出しがついていました。一見しただけで意味が理解できた人は皆無に等しいでしょう。
 この記事を書いたのはテレビ朝日のプロデューサーです。「衣小」という文字遣いが特定のテレビ局で使われているのか、どのテレビ局にも広がっているのかは知りません。たとえそれが、どちらであっても、こんな稚拙な文字遣いを公にしてほしくはありません。わざと「衣装合わせ」という言葉と同じ発音をして、狭い世界で得意になっているだけのことでしょう。
 仲間内の言葉遣い、文字遣いをすることはいっこうにかまいません。それによって仕事の能率が上がるということもあるでしょう。けれども、そんなものを広く一般向けに知らせてほしいとは思いません。「私たちはそれを仲間内で〝衣小〟と呼んでいます」というような、謙遜した言葉遣いならかまいません。「個性豊かな〝衣小〟にもぜひ注目してほしい」と、堂々と発言されると、おかしな文字遣いを流布しないでほしいと言いたくなります。「街のB級言葉図鑑」の筆者なら、飛びつきたくなる文字遣いであるでしょうが…。

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