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2020年11月 3日 (火)

ことばと生活と新聞と(256)

言葉について書かれた「天声人語」


 「天声人語」は論文ではありませんから、心に思うままのことを書いてもよいのでしょう。けれども、何百万という人が読むのですから、個人的な判断ではどうかとも思います。9月末の連続した日のコラムの、それぞれ冒頭の部分を引用します。

 相撲は秋の季語だと最近知った。各地の神社などで行われる宮相撲、草相撲は、秋祭りに催されることが多いのだという。〈少年の尻輝けり草相撲〉金澤諒和。地域の若者たちのたくましくも、まぶしい姿が浮かんでくる
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月28日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 「全然大丈夫」という言葉を初めて耳にしたのは20年ほど前だったか。その衝撃を今も覚えている。え、全然は「全然知らない」など否定形につく言葉じゃないの。日本語の乱れここに極まれり。でも肯定で使ってみると面白みも感じた
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月29日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 秋という言葉の由来には、様々な説がある。草木の葉が「紅く」なるからで、アカがアキに転じた。穀物をたくさん収穫し「飽き足る」から。刈り取られた田が「空き」になるから。きのう、収穫を待つかのように色づく稲穂を見た
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月30日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 28日の文章。「各地の神社などで行われる宮相撲、草相撲は、秋祭りに催されることが多いのだという」の文は、一見すると、相撲が秋の季語になっている理由を書いているように見えます。秋の季語になっているのは、宮中で旧暦7月(秋)に相撲節会(すまいのせちえ)が行われたことに由来しています。同じ頃に、農耕儀礼として神前で相撲をとって豊作かどうかを占ったことにもよります。誤解が生じやすい文章の書き方になっています。
 29日の文章。「全然」という言葉について、こういう書き方をしている文章はずいぶんたくさんあります。「天声人語」の文章としては、陳腐な感じが漂います。それより後ろの段落に書かれていることも同様で、既に読んだことのある内容を再び読んでいるという印象です。
 30日の文章。言葉の語源はなかなか難しい問題ですが、ここに書かれているのはいわゆる〈民間語源説〉のようです。説がたくさんあるから安心できるのではありません。語源と信じてもよい理由付けがなくてはなりません。はっきり断言できないものを紹介するのは、ちょっと罪作りです。大野晋さんの『古典基礎語辞典』(角川学芸出版)では語源未詳としています。

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