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2020年11月 5日 (木)

ことばと生活と新聞と(258)

ほんとうに教育の中身を考えている文章であるか


 教育ジャーナリストと名乗る人の文章を読みました。大新聞がどうしてこのような文章を掲載するのか、理解に苦しみます。こんな文章です。

 コロナ禍で学校行事が軒並み延期や中止あるいは縮小開催となるなかで、どうやって学校選びをすればいいのかという相談をよく受けます。これは大問題だと私も感じますし、相談を受けるたびに答えに窮しました。 …(中略)…
 中学受験の過熱のせいでむしろ近年、文化祭や体育祭が、学校を知る機会として過大な役割を担わされてしまっていたと私は思います。 …(中略)…
 不安な受験生親子を励ましたいと思うなら、学校はその物語こそを学校説明会やホームページ上で積極的に発信すべきです。学校がどこを向いて意思決定しているかが、そこからわかるはずです。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月3日・朝刊、13版S、27ページ、「塾が教えない中学受験必笑法16」、おおたとしまさ)

 塾が教えないが、教育ジャーナリストが教える、という意味を込めたタイトルです。一見したところ、いかにも正当な論理を展開しているように見えます。けれども、連載している文章は、私立中学校(および一部の国立大学付属校)の受験を勧める意図で書かれています。宣伝の文章に過ぎません。
 筆者は、学校に勤めて教育に従事したことがあるのだろうかと疑問を持ちます。学校に勤めたことがあるのなら、学校行事が誰のために行われるものであるかがわかっています。こんな話題を書く必要はないと思います。筆者が学校に勤めたことがないのなら、こんな話題で文章を書いて原稿料を得る仕事をしていても不思議ではありません。どちらにしても、新聞社がこのような文章を載せる気持ちになったことは大きな問題です。全体の中学生の数からすればほんの一握りの私立中学校受験生に向けて、学校選びの方策を丁寧に伝授するような記事などはまったく不必要です。私立校と手を結んだ記事であることは間違いないでしょう。
 学校行事だけを見てその学校を受験させようと考えるような親が、本当にいるのでしょうか。そういう親がいるということを前面に出して、この文章は成り立っているのです。親を〈教育に対する知識のない者〉と見なして文章を書いているようにも思えます。親たちをあなどってはいけません。
 塾や模試などという受験産業というものがあることはわかります。けれども公教育である私立中学校までもを、生徒をかき集める受験産業と見なすことを前提にして、この文章は成り立っているのです。

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