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2020年11月 2日 (月)

ことばと生活と新聞と(255)

「言及」とはどうすることか


 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長をめぐる事件の裁判が東京地裁で始まったというニュース記事で、気になる表現がありました。まず、記事から引用します。

 続いて行われた検察側の冒頭陳述では、「主犯の罪」を明らかにしようとする検察の意思がにじんだ。「ゴーンの主導の下……」「ゴーンから指示され……」。検察官がゴーン元会長の名前を約260回読み上げたのに対し、ケリー元役員は約80回。ケリー元役員は時折メモを取りながら静かに耳を傾けた。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月16日・朝刊、14版、31ページ、三浦淳・酒本友紀子)

 ゴーンという名前を読み上げた回数が多かったので、それを見出しにしたいと考えたのでしょう。記事には「言及」という言葉は使われていませんが、見出しに「言及」が現れています。

 検察、「ゴーン」言及260回 / 元側近公判で 元会長の罪問う
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年9月16日・朝刊、14版、31ページ、見出し)

 記事では「読み上げた」と書いていますが、読み上げたことを、見出しでは「言及」と書いているのです。「読み上げる」と「言及」は同じ意味でしょうか。
 「言及」の意味について、例えば、『明鏡国語辞典』は、〈話題がある事柄に及ぶこと。〉と説明し、『三省堂国語辞典・第5版』は、〈話しているうちに、その話題にふれること。話の中で取りあげること。〉と説明しています。
 極端な言い方をすれば、その単語が現れたら(すなわち、読み上げられたら)、「言及」したことになるのでしょうか。そうではなくて、何らかの脈絡の中で、判断や主張が述べられてはじめて「言及」したことになるのだと思います。
 実は一般の国語辞典よりも、子ども向け辞典の方が、納得しやすい説明を書いています。『チャレンジ小学国語辞典・第4版』は、〈話を進めて、あることについても意見や考えを述べること。〉と記していますが、これこそが的確な説明だと思います。
 この日の裁判では、260項目にわたる「言及」(主張)がなされたわけではなく、ゴーンという名前が260回読み上げられただけでしょう。主張は何項目かにまとめることはできるでしょうが、260に及ぶはずはありません。
 私はこのブログで何度も指摘しているのですが、見出しの言葉を短くしようとするために、言葉の意味の逸脱行為を行っているのです。
 新聞の見出しは、もっと言葉数を増やしましょう。短くすることによって、おかしな日本語が氾濫しているのです。旧態依然とした新聞見出しをやめて、もっと伸び伸びした表現をしてください。見出しのスペースを拡大することなどは、簡単にできるはずです。

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